【料理人達の挽歌前編】
昨日は朝から結構離れた所にある市場へ向かい食材を仕入れてきた。
モノレールで一本だった事もあり、朝の九時頃に到着、そこからは俺の目利きに頼って様々なものを段ボール箱単位で買っておいた。
既に桐条の奴からは使い道を伝えているので請求先は寮にしておく。
ちなみに買った物は全て食材であって伊織の奴が食うようなインスタント麺やアキのプロテインは買う必要が無い。それ位自腹で買え。
そういや、昨日は岳羽の奴がガキになったって突拍子も無い事態が起きたな。
……何かガキ用の食事でも考案するか。
そう考えながら部屋を出て、一番奥の部屋の主が緩慢な動作で扉を開けていた。
「あ、荒垣さん……おはようございます」
スッゲェ湿気た面をしてやがる。
「お前どれだけ寝たんだよ?」
「えっと……朝日が俺を照らした時に意識が無くなったのは覚えてます」
もう日が出るのは六時とかそんな時期だぞ。二時間も寝てないのかよ。
「ちょっと……色々あって考え事をしていたら寝不足で……」
「んなモン起きてから考えろ。いくら日曜日だからって少しはテメェの体力考えろ」
「はい……とにかく一階へ行きましょうか」
そんなふら付いた足取りで行こうって考えるお前がありえねぇよ。
「たく……昨日仕入れた食材使って何か作ってやるよ」
「すいません……」
こんな様子じゃ今日もタルタロスは行けるかどうか危ういな、そんな事を考えたら作る飯はどうやら俺とコイツだけではないと判明した。
そこには全員、いや、ほぼ全員がいた。
「テメェら何をしている?」
「朝食を待ち望んでいる」
「意味わからねぇよ」
「ここにいるメンバー全員はシンジの朝食を待ち望んでいるんだぞ」
伊織、天田、アキ、桐条、コロちゃん、それに横にいるこいつ、ロボの奴は午前中に戻ってくるって言っていたな。
昨日の騒動の渦中の奴はまだ寝ているのか。
まぁ、それとアイツもいるんだけどよ。
「待て、五体満足な奴らはテメェらで作れ」
全員から『えー』と言う反応が返ってこようと知ったことじゃねぇ。
「てか、お前どうしたんだよ?」
伊織が俺の横で死に掛けになって突っ立っている奴を指している。
「ああ……ちょっと考え事していたら寝不足になった……トイレ行けばそれなりに治るかも知れない」
どんな理論だよ? そう思いながらも奴は傍にあったトイレへと駆け込んで十秒もしない内に戻ってきやがった。何をしているんだ?
「戻らなかった……」
よく分からん。つーかちゃんと手を洗っているのだなコイツは。
「ちなみにシンジ」
「なんだ?」
「俺はパンが食べたいぞ」
「あ、俺もパンっスね」
「僕は和食ですね」
「私も和食だな」
「手前ら好き勝手言ってんじゃねぇよ!」
「えー」
ンなガッカリした様な顔をするな。それとコロちゃん、お前もそうやって俺が来ると即座に俺の足元に餌箱を持ってくるな、少しは待ってろよ。
「どっちか一つにしろよ……」
「じゃあ俺はパンで……」
横で何かを呟いていたが、とりあえず聞かなかったフリをするか。まだ聞いていない奴がいたはずだ。
「お前は?」
「えっ?」
先ほどの会話の中で一言も喋ってない奴がいた。いない奴らではなく、ましてや犬でもなく、じっとテーブルに座って待ち望んでいた奴が。
「お前は何が食べたいんだ?」
そうだ、山岸だ。最近何かと俺に付いて回ってきては料理の事を尋ねてくる奴だ。
別に自分の趣味が得意な奴に聞いて勉強するのは勝手だが、いつでもどこでも聞くのは感心しねぇ。この前のタルタロスも俺が待機組だった時はサポート合間にレシピを教える始末。そのせいか近くにいた桐条がこちらを睨んでいたな。
「えっと……では和食がいいです」
「決まりだな、俺も和食が食いてぇ」
「荒垣さん…俺パンがいいです……」
「作ってやるだけテメェら文句を言うな」
ちなみにパン3の和食3であり俺も和食が突然食いたくなったから民主主義によって和食となった、文句は言わせねぇ。
「作ってやると言われた人間の意向は無視かアンタは……」
何も聞いちゃいねぇ、俺は何も聞かなかった。
その足でキッチンへと向かい約一名はまだ寝ているが全員分の朝食を作る事にする。まずは所定の場所にかけていたエプロンを羽織り、昨日仕入れてきた冷蔵庫の中身を改めて確認する。
豆腐、若布、麩、葱、油揚、味噌、煮干……一通り揃っている。やはり和食には味噌汁は欠かせん。洋食にスープがセットで付けられているように、味噌汁は必ずと言っていいほど必要不可欠だ。
それと大人数だけあってかなりの数だけ買ってきた卵を盛大に使った卵焼き。後は数週間前に拵えた白菜と胡瓜の漬物、最後に鮭か……。
「15分ほど待っていろ」
「了かーい」
昨日のうちにタイマーを仕掛けていた炊飯器は三十分ほど前に炊き上がっている。普通ならば炊き立てのほうがいいと思う奴がいると思うが、炊き上がってから少し蒸す事で米の旨さを閉じ込める役割がある。それを確認すると俺は鍋に水を入れ、味噌汁を作る準備をする。今日は煮干出汁によるものだから、即座にあるだけの煮干の頭の内臓を取り除いておく。
頭を取り除いた煮干を入れて火をつけて沸騰するまでの間、ボウルに一パックでは足りないのでもう一つに手をつけて半分ほど卵を割りながら投げ込む。当然両手でやるほど暇じゃねぇから両手で一気に四つずつ割っていく。
その後に大型のフライパンで数回に分けて卵焼きを焼く。いくらなんでも寮の大きさのキッチンじゃ十五個分の卵を一回で焼くこと何ざ無理だ。
十分に熱しながらグリルに火を付ける。焼き鮭には焼き網が必須だが、そこまで整ってねぇ一般的な家庭、この場合この寮もあるんだが、それの代わりにグリルで外側から両面一気に焼く。
こちらに関しちゃある程度ぎゅう詰めでも構わない以上、一気に全員分焼き上げる。
「あの……」
後ろから突然話しかけられては振り返るしかない。一応火を取り扱っちゃいるんだがな。
「私も何かお手伝いできませんか?」
「あー……じゃあ料理は俺がパッパと片付けるから配膳と盛り付けを頼む」
俺は沸騰を始めた味噌汁の火を止め、煮干を取り出しながら長葱等を入れて応答をする。これまで何度も飯を作っている間に教えたり質問されて来れば慣れてくるものだ。
「分かりました」
テーブルには何もせずに俺の飯を待っているだけの奴やテレビを見て多少の時間潰し、果ては寝不足の奴はソファーで二度寝だ。山岸を見習ってもらいたいものだ。
そうこうしている内にフライパンからは煙を上げてくる。即座に近くにあったサラダ油を手に取り全体に馴染ませる。馴染みきったらまずは卵本来の味が好きな桐条とあまり塩分や糖分を多く取りたくないアキ、それと俺用に少量の味付けだけで済ませたものを流し込む。味付けをあまりしない奴らの分から作ればそれに継ぎ足すように調整が出来るからな。
一気にフライパンを回して形を作り、程よくなったのを確認してからまずは三人分を終わらせる。その間にも後ろで皿を出したり漬物を切り揃えてくれた山岸がの準備が終わったようだ。何度も指を切っちゃ絆創膏を貼っていたが、最近じゃ結構慣れてきたのか怪我をする機会が無くなって来た。味はまだまだだが、一応成長はしているんだな。
一度火を止めた味噌汁に味噌を入れるため、具材を全て一口サイズに切って出汁をお玉にすくって少量の味噌を入れる。幸いな事にこの量のメンバー全員は赤味噌に偏っているようだ。味噌が溶けた事を確認すると全体に行き渡るように流し込む。そこから再点火して後は手頃なタイミングで出せばいいだろうし、ここらは山岸に任せても問題は無い。
その間に鮭だ。一旦グリルを開けて十分に焼けている事が分かると、それらを全てひっくり返してまたグリルの中に入れておく。いくら両面焼きのグリルだろうと、これはある種の通過儀礼のようなもんだ。
そこから更に砂糖と塩で味付けをして他の奴らのを順当に作っていく。次は伊織とアイツ、最後には天田、山岸、まだ寝ているだろうがとりあえず作っておく岳羽の分だ。
「後は飯だな…そっちはどうだ?」
「こちらは大丈夫ですね」
「あ、じゃあ俺ッチも運びますよ。腹減りましたし」
伊織がどこから湧いて来たのか知らんが、盛り付けが終わっている皿をどんどん運んでいく。その際に山岸が誰の分だと教えているので大丈夫だ。
「よし、鮭も焼けた。飯は男は山盛りだぞ」
「分かりました」
特にこれから食い盛りの天田や普通に飯をよく食らうアキは多めだ。
「おいお前ら、飯が出来たぞ」
「さすがだな、手際が段違いだ」
「手伝った奴らがいたからだ。俺はいつも通り作っただけだ」
だが、俺が一人で作るよりも山岸が手伝ったほうが他の奴らよりも何倍も早くなってきているのは何故だろうか?
一応料理が苦手のはずだが、そこらは分からん。
「さて……せっかく出来たから食べるか」
「いや、あと一人寝ているガキがいただろ」
あー……そういやガキ用の配分にしてなかったな。どうするべきか……そう思っていたら必要は無かったようだ。。
「うー、おはよう……」
「あ、あれ、ゆかりちゃん?」
「……元の姿に戻ったのか?」
「ええ…おかげさまでって、うわ、いい匂いに釣られてきたら……」
「おいおい、ゆかりッチで最後だぞ」
「え、最後……? ッ!」
突然辺りを見渡して何か、いや、誰かを探しているようだ。しかしアイツといいコイツといい揃って眠そうな……揃って?
岳羽の奴はソファーで二度寝をかましている奴を一瞬だけ見つけて即座に別の方向へと向いた。
ああ……よく分からんがこいつ等何かあったなと俺の直感がそう告げた。それを足元で餌を待っているコロちゃんも何か感じ取ったようだ。
「おい、テメェもそこで寝てねぇで早く席に着け」
「あ、はい……」
「全員起きたんだから揃って食うぞ」
「全員……?」
突然飛び上がった挙句コイツも辺りを見渡す。そしてとある人物を見つけ、偶然にも目が合ったのだろう、揃って方向転換を始めた。絶対何かあったなこの二人。
仕掛けてみるか……。
「山岸」
「あ、なんでしょうか?」
「ちょっと配膳のレイアウトだが……」
事情を伝えないまま俺は実験を行ってみた。
全員の席はこうなった。
俺、リーダー、岳羽、桐条
(アイギス) テーブル コロちゃん
山岸、伊織、アキ、天田
もしやと思い、俺は該当する人物を隣同士に座らせてみた。さて、どんな反応が来るんだかな……。
全員が思い思いに決められた席に座った時に、思った通りの出来事が起きた。
「お、おはようッ! 元に戻ったんだねッ!」
「え、え、うん、戻れたんだ!」
……バレバレじゃねぇか。絶対岳羽が戻った方法はコイツが関係しているな。
もっとも、この寮の面子はそういった事態に疎い面子、または分かってても無言の圧力に屈している奴らが多いから知ったことじゃねぇがな。
「あ、ゆかりッチさぁ、コイツと何かあったの?」
テメェ空気詠めよ! 確かに俺が仕組んだんだけどよ!
「な、何も無いに決まってるでしょ!」
「そうだぞ順平!」
俺からすりゃ分かるんだが、アキや桐条は頭に疑問符を浮かべてやがる。とことん鈍いなこいつら……。
あー……隣で伊織と言い合いながら鮭をほぐしたり卵焼きを口に運んでいる奴らよりも、二人の方が心配になってきた。
その時だった。
「「あ、醤油……」」
俺の隣に座っている二人が声を揃えて醤油指しに手を取った。その瞬間に醤油指しは突然手放されてテーブルへと落下する。
「何やっているんですか二人とも……いくら寝不足だからって力抜かないでくださいよ」
天田は角度的に分かってなかった。コイツら手が触れ合った瞬間に手放したんだぞ。よくバレやしねぇな。
それはそうと他の奴らが食っているものに醤油がかからなかったのがせめてもの救いだ。アキがいつもプロテインをかけているように、そんな事があったら食材への、ひいてはそれを作った人物への冒涜だ。ちなみにアキは俺が作ったものに関しちゃプロテインをかけない。一度三時間ほど説教してやったから。
代わりに抗いと言わんばかりに飲み物にはしているがな。
全員の朝食が終わった事で俺は何故か作ったからかそのまま洗物を始めている。隣にはやはり手伝うと言って山岸がいる。
一応あの二人に関する事は何も聞かないでおくか。何があったか知った事じゃねぇし、それでタルタロス攻略などに支障が出るのなら奴を説教すればいいだけの話だ。
俺が洗剤を付けて洗い、横にいる奴が水ですすいで食器入れに置く。最近じゃよく見た光景だし、作るのも気が付けば専ら俺達(厳密に言えば俺が作って山岸が手伝い)となっている。
何がどうして間違ったんだろうか? 普通なら料理当番が決まっているはずじゃねぇのか?
つーか、俺が昔いた時期は当番制だったし、掃除洗濯などの当番はずっと変わっちゃいねぇ。
早い話が料理だけ俺達とほぼ決まっている。何故だ?
「荒垣さん…一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
洗剤を染み込ませたスポンジを片手に俺は答える。
「さっきのレイアウトの変更なんですけど、もしかしてゆかりちゃんとリーダーがおかしいから確かめるためですか?」
「そうだが…それがどうしたのか?」
「二人ともどうしたんでしょうか?」
「さぁな、部外者が介入する余地はねぇだろあれじゃあな」
隣にいる奴は小さく頷くとまた黙々と手伝う。ちなみに当の二人は二度寝、または三度寝をしに部屋に戻った。
一通り片付いた所で俺は背もたれに手を置いて一面のソファーを陣取り、足元に駆け寄ったコロちゃんの背中を撫でてテレビを見る。この時間帯は特に見るモンはねぇが、とりあえず付けて暇を潰す。
「……ふぅ」
…おい、ちょっと待て。そう思いながらも俺のすぐ横でそいつはノートPCの画面を立ち上げる。カスタマイズされているのか、最近のPCのスペックよりもかなり早めに動作をしているようだ。
じゃなくてだな。何で俺が一面のソファーを陣取っているのに、しかも他は誰も座っちゃいねぇのに、コイツはわざわざ俺の隣に座るんだ?
訳分からん……そう思っていた事も俺にはあった。
それよりも山岸が調べているページにちょっとだけ子犬が映ったのが気になった。横にいる以上何を調べているのか見えてしまう。というよりも本人も俺が見ても気にしないんだろうな。
「……何を見ている?」
「あ、見てみます?」
スッと俺の方にも傾けられる。どうやら犬や猫の寝顔を集めたページのようだ。
ん?
http://www.ohgiri.net/a/56423.html
変死体……?
「おい、これ全部死体なのか!?」
「え? へ……?」
「ここに変死体って書いてあるだろ! 犬や猫が可哀想じゃねぇか!」
「……あのぅ、荒垣さん?」
「ああっ!?」
「これ、全部眠っていたりしている猫ちゃん達ですよ? この画像を投稿してくれている人達の冗談ですから」
「あ……」
……何やってんだ俺?
「ふふ……」
「笑うなよ」
「まさか信じちゃう人がいるなんて……ごめんなさい、ちょっと面白くて」
悪ぃかよ。こんなに安らかに寝ている姿を色々見せられちゃ和むしかないだろ。
「ですけど、本当に可愛いですよね」
「ああ……」
その笑顔は朝っぱらから全員分の料理を作らされた挙句後片付けまで押し付けられた苦労とか疲れを一気に吹き飛ばしやがった。
思わず俺はああと言っちまったが、果たしてどっちに対して言ったのやら……。
幸いにも隣の奴はディスプレイに映っているものに対してだと思っている。勿論俺自身もそれに対して言いたいと思った。
何か和みながらも疲れたのか、ソファーに置いていた手に力を抜いた。そうだ、ソファーに手を置いていたのだ。ゆっくりと力を抜けば、当然下に落ちていく訳であってだな。
「あ……あの……」
「あ?」
何か突然山岸の奴は顔を真っ赤にして何かを言いたげなのか、口をもごもごしている。
「あのですね…その……」
「ハッキリ言え」
「荒垣さんの手がですね……」
手? 今さっき降ろし……。
そうか、降ろしたんだよな……。
ソファーの背もたれに腕を置けば、力を抜いたら必然的にどうなるかなんて分かったもんだな。
言っちまえば今、俺の手は隣にいる奴の肩に回している形となる。しかも位置関係が悪いのか、一般的に言えば肩を抱く体勢となっている。
「あ、ああ…悪ぃ」
「見ていたぞ荒垣」
突然足元にいるコロちゃんや隣の山岸ではない声がロビーに響く。しかもこの声は誰と言わなくても分かるだろう……。
「き、桐条……」
「いくらなんでもこの日曜日の午前中から下級生に手を出そうとは何事だ?」
「お前家政婦か!? つーかどこを見てそんな風に捉えるんだよ!?」
「先ほど山岸の肩に手を回して抱きすくめる形になった所からだ」
おい、手を回したんじゃねぇ。手を置いていたらその中に入ってきただけだ。
「えっと…桐条先輩、そういう訳じゃなくてですね、荒垣さんが自然に私の肩に手を置いてきたのであって……」
中途半端に誤解されるような言い方は止めろ!
「おい、まさか処刑とか言うんじゃないだろうな!?」
「安心しろ、召喚器は既に準備してある」
「何でだよ!? 少しは俺の言い分を聞けよ!」
だがそれを桐条は『飢えた獣の言い分を聞いても意味は無い』と言って一蹴しやがる。俺を何だと思ってやがる?
朝飯作ってやったんだぞ?
ゆらりと召喚器をこめかみに当てている。確実に俺を氷漬けにするつもりだこの女。
「処刑する……」
「させるか!」
俺は足元に転がっていた何かを今にも召喚しようとする桐条に向けてブン投げた。足元に転がっていた奴をな。
そいつは悲鳴を上げて桐条のほうへと吹き飛んで言った。
「ギャワン!!」
コロちゃん!? よりにもよって足元にいたそれは放物線を描かずに一直線にアルテミシアの元へと空を飛ぶ。
「コロちゃーん!!」
隣で見ていた奴は悲痛な叫び声を上げている。すまんコロちゃん。今度良い餌を一週間分買ってきてやるから勘弁してくれ。
そう思いながら俺は逃げるように玄関の扉を開けたのだが……。
「おおっとぉっ!?」
「ああッ!?」
突然堅い物にぶつかり、そのままの勢いで転倒、果ては入り口の小階段を滑る様に落ちた。
「……痛ぅ、何だってンだ?」
そう思って堅くても滑らかな曲線に触れる。何事かと思って下を見てみると……。
「あの、荒垣さん……」
アイギスの奴を押し倒す形となった……勘弁してくれ……。
「ほう、荒垣。お盛んもいい所だな」
「ま、待て! 今度のも事故だ!」
「そ、そんな……」
「そこ! 凄いガッカリした様な……ガッカリ?」
何故ガッカリというか、驚愕というか、スゲェ悲しそうな顔をするんだよ?
俺が悪モンみてぇじゃねぇか。
それと今にも泣きそうになるな、俺の方がこの事態に泣きそうになっているし、お前の泣き顔は見たくない……って、何を考えているんだ俺は。
そうだ! 荒垣家、いや俺やアキがいた孤児院に代々伝わる窮地に陥った際の発想法があった!
それは…逃げる!
遥か後方のロビーで氷漬けになっているコロちゃんに合掌をしながら走る事を選んだ。幸いにも俺の体力は衰えちゃいねぇ。
いくらなんでも道のど真ん中で召喚をしないだろうと踏んで俺は街中へと走って行く事にした。