【料理人達の挽歌中編】
一通り町をブラついた事で時間だけが過ぎていった。くそっ、何で俺がこんな目に会わなくちゃならないんだ?
そう思いながら俺はいつもの路地裏で座り込んでいた。
天田の件については諸々の事情があって、今は死んで詫びるよりも生きて償えという天田の言葉を胸に古巣に戻っている。
それでも、俺がやった罪に関しては消える事が出来ない。だから一人になりたい時はこうやって自分が断罪されるべき場所だった所へ戻ってしまう。
難儀な物を背負っちまったな……そう思うが、それこそ天田が償ってもらいたいと思うものだった。
「腹…減ったな」
俺はそこらで屯している誰かに言うわけでもなく、一人で立ち上がるとモノレールに乗って巌戸台へと向かった。俺だって休学中だったが、件の経緯があって最近復学する事となった。その時桐条が出席問題に関してはどうにかすると言っていたが…俺という例外を作る事でどうにか桐条に頼めば出席日数の少なさをカバーしてくれるんじゃないかと邪推する奴が出てくるだろう。
俺としては別に留年しようとどうなろうと構わねぇが、寮のお節介な奴らはやれ『好意に甘えとけ』だの『自分達と同じ学年で一年過ごすのは屈辱でしょ?』だの言ってやがった。
巌戸大駅にあるラーメン屋『はがくれ』の中で俺はいつものカウンター席に座ると、店主に向かって一言だけ告げた。
「いつもの」
「あいよっ!」
店主の威勢のいい声がラーメンやの中に響くと、以前『グルメキング』と名乗る三年生――面識は無かったが、そいつが教えてくれた裏メニューを頼む事が多くなった。
腹が減ったらここでラーメンを食って、またあの場所に戻ったりコロちゃんに餌をやったりしていた生活。それが今では寮の奴らのペースに引きずられている。
別にそれに関しては悪い事じゃねぇ。最近じゃそんな生活も悪くはないなと思い始めてもいるからな。
…それと、帰る場所と帰りを待っている奴がいるってのは、何とも言えない気分だ。こういうのを何と言うのか分からねぇがな。
「相席、よろしいですか?」
「ああ……っておい! 何でテメェがここにいるんだよ!?」
盛大に咽てしまう。多分隣にいる奴――ストレガのジンは俺だって気づかずに相席を頼んだんだろうな。
「アンタは!? ……まぁええ、今は飯飯」
普段は敵同士だというのに何故こうやってラーメン屋で肩を並べて食ってなければならないのだろうか?
「へいお待ち!」
「お、アンタのが来た……って、裏メニューやないか!」
「知っているのか?」
「そらネットじゃ結構噂になっているんやけど、まさかホンマに有ったとはなぁ」
そういうもんかと思いながら俺は何事も無いように割り箸を割る。勢いよく麺を啜ると、隣の奴も頼んだものが来たようだ。
「それにしてもだ…」
「あ?」
「今日はお前一人か?」
「ああ、今日は特に何もあらへんからな。どうせチドリはそっちのテレッテ言う奴と一緒やし」
「チゲェねぇ」
まったく…敵同士だからって仲が良くなっちゃいけない訳じゃないんだが、もう少し節度ってモンを考えてもらいたいものだ。
俺は別にそういう奴がいないから特に問題はねぇんだが、まぁ、考えてみれば高校生だ。そういう事に敏感というか多感なお年頃なんだろうな本来は。
「なぁ……」
「あ?」
突然ジンの奴に呼び止められる。こいつ…俺がラーメン食っているの分かっててやっているなら殴るぞ。いや、隣で裏メニュー食いながら話しかけられてるから分かってるんだろうな。
「アンさんの仲間で一人メッチャマブい子がおったなぁ」
「……あ? 誰だよ?」
当然俺は該当する奴なんて分かりゃしねぇ。
……まぁ、あの寮にいる女共は標準以上の顔だからな。
「あのナビの子に決まっとるやろ」
その言葉に俺の箸が止まった。何を言っているんだコイツは?
「いやぁ、ああいった子は最近見かけんからなぁ。新鮮さっちゅーの? そういうのがあるやん」
知りたくねぇよ。俺には関係ない……からな。
「なんや? 自分メッチャ動揺しとるん?」
「な、何を言っているのか分からねぇな」
落ち着け、落ち着くんだ俺。ここで奴に手玉を取られちゃならねぇ。そもそもこいつは敵だ、信用ならねぇ。
「そこでだ」
「あ?」
「あの風花ちゃんにプレゼントをあんたの名前で贈っといた」
「殴るぞ!!」
何やってるんだコイツは? もしかして罠で…チッ!
「おい大将、釣はいらねぇ」
「微妙に足りないのだが!」
「隣の奴に払わせとけ!! 知り合いだ!!」
「ちょ、アンタ!?」
後ろからそんな声が聞こえたので走りながら答えた。この際あの野郎に残りを被ってもらうか。
そういえば寮に走りながら思い出した。俺は桐条に処刑されそうだから逃げていたのではないのかと。このままでは戻ってきたと同時にアルテミシアの餌食となる。
だからと言ってストレガが贈ってくる物なんて碌でもねぇモンってのは分かりきった事だから開けるなと言うしかない。
百歩譲って普通のものだったとしよう。奴はさっきこう言った。
あの風花ちゃんにプレゼントをあんたの名前で贈っといた
…待て、何故俺が濡れ衣を着せられなくちゃならねぇ?
またしても百歩譲って危険じゃない代物だったとしよう。問題はネットに精通しているジンの奴だ。いわゆるアキバ系って奴か? そんな物が贈られた日にゃ俺はどうしたらいいのか分からん。
一番いいのが『桐条に見つかる前に荷物が到着する直前に荷物を廃棄、または俺が確認をして危険じゃ無かったらジンの名前に変更する事』だろうな。
分の悪い賭けだが…嫌いじゃねぇ、行くか。
走る、走り続ける。さっきの逃げる時よりも勢いを付けて。何の為に? わざわざ危険があると分かってながら?
さぁな、その答えは後で考えるか。
昼も過ぎ、さすがに桐条も頭を冷やして冷静になっていると思う。そしたら山岸やアイギスの奴が説明しているだろうな。
「……戻ったぞ」
「戻ったか……」
何故か、何故か分からんが桐条の奴が仁王立ちになって玄関に突っ立っている。明らかに俺に向けてだが、俺が何をした? 普通何時間も経っていれば冷静になっているだろ?
「…何の用件だ?」
「お前は…回りくどくあんな物を贈りつけてくるな」
届いていたのかよ。しかも桐条の呆れている様子から見て、危険と言う意味ではない危ない物なんだろうな。
「届いていたのか、あれはだな…」
その直後の言葉を聞いて、俺じゃないと真っ先に伝えたかったものの、完全に桐条の奴は俺が贈ったものだと思ってやがった。
「まさかネコミミミニスカ服を贈ってくるとは、お前はどれだけ特殊な性癖の持ち主なんだ?」
何やっているんだジン!? お前本気で何企んでいる!?
「山岸、着替えは済んだか?」
「あ、はい……」
済んだ? 何を言っているんだこいつは? それと何で隠れているんだ山岸は?
ひょこッと、後で聞くにはタルタロスで発見された時の様に壁から顔が覗かれた。ただ、その頭に桐条が言ったものが付いていたのは何故だ?
「おい…なんて格好をしている?」
「お前が山岸に贈ったものだろう!」
「違っ……」
「ありがとうございます、とっても可愛い洋服ですね」
くっ…何か流されるままに俺がメイド服贈ったような展開になっているじゃねぇか。どうすんだよ俺?
「それにしてもメイド服ですか……以前ゆかりさんが学園祭で着る着ないで揉めていた様ですが……」
ああ、そういやそんな事もあったなと思う。ちなみにこれはメイド服に似ているが、具体的にはエプロンドレスだ。
余談だが、文化祭の時ゆかりは風邪を引いたリーダーの為にメイド服を着て看病をしたという事があったそうだが、それは他の誰にも気づかれてないようだ。
「あの、先輩……似合いますか?」
そう言いながらスカートを翻してくるっとその場を一周する。ああもう、そんな短いスカートで回るな、見えちまうだろ。
「どうした? 贈った本人が感想を言わないのは以前からその姿を考えていたとでも言うのか?」
俺じゃねぇ、そもそもジンが悪戯半分に贈っただけだ。多分……。
まぁ、そこそこ似合うんじゃないのか? と思ったが、それを言うのは俺のキャラに合わない。
大体俺がこんなもの送る訳無いだろ、冷静になって考えてみろよお前ら。
何だ? 今日の騒動から俺は好色とでも思われているのか? 心外にも程があるぞ。
「知るかよ」
結局、俺は関心が無さそうに言うしかない。そもそも余り関心が無いのも事実……のはずだ。
と言うよりもだ、何故こいつらは俺が贈ったという事自体疑問に思わないんだ? 俺がこんな物贈る訳無いだろ。
「朝のお前の行動を見ればこれを贈っても何ら不思議ではない」
「おい」
…もういい、そう言おうと思った俺がいる。ここで流されちゃいつもと同じ事になってしまう。断固として否定しなくては!
「俺じゃ…!」
「ありがとうございます、とっても可愛いものをプレゼントしてくれて」
「あ、ああ……」
駄目だこのままでは本当に流される。もういっその事流されたほうが楽なのだろうか? 確かにここの面子は濃いけどよ。
「あの……先生」
こいつが先生と呼ぶ時は大抵決まっている。
「お夕飯を作ろうと思うんですが、仕込が必要なんですけど、教えていただけないでしょうか?」
「……その格好で作るのか?」
「はい!」
膝を付いてもいいか? しかし、仕込が必要となるとパンといった発酵が必要な料理か、それとも生地を寝かすタイプのものか。
「何を作る?」
「ハンバーグなんですけど」
ああ、後者か。しかし…コイツの今の実力で作れるものか? 一応作り方は把握しているが…まぁ、俺が指南しながら作れば問題は無いか。
「分かった。着いてこい」
もう服装に関しちゃ気にしねぇ。したら完全に負けだ。
それにしても桐条の奴が俺を『スゲェ母親のような目』で見てやがる。と言うよりも俺達をだな。
「なるほどなー…これが主従関係というものですか」
俺の否定の叫びが寮の中に響いたが、それでも寝不足の二人が起きてくる事は無かった。
「じゃあまぁ、ハンバーグの作り方だが……」
「はいッ!」
いや、そんな気張る事は無いだろと思うのだが……まぁいい。とにかく、夕食に向けて生地を作る事をやるか。
重ね重ね言うが、隣の奴がネコミミエプロンドレスだろうと知った事じゃねぇ。
材料:10人分
・牛ミンチ肉 900g
・豚ミンチ肉 450g
・タマネギ 500g
・パン粉 大さじ10
・ 牛乳 大さじ10
・ 卵 小5個
・ ナツメグ、塩、コショウ 適量
・ サラダ油 大さじ5
「まずは生地だけでもこれだけだな」
「いつ見ても多いですよね……」
「10人いればそりゃ当然だろ」
コロちゃんは……あ、餌を買ってきてねぇ。仕込が終わったら買いに行くか。
とりあえずミンチに塩、コショウ、ナツメグを加え全体的に混ぜる。量が量だけにこれは俺の作業だ。その間に山岸には結構数があるタマネギを切ってもらう。まぁ、これくらいは任せても大丈夫だろうが……。
「目が……痛いです」
そりゃそうだろうな。そもそもタマネギが目に染みるのはタマネギの中にある『硫化アリル』という成分が刻んでいる最中に細胞から立ち上がるからだ。
「そういう場合は水に浸けながらやるか、それとも切れ味のいい包丁を使ったほうがいいが…お前は水に浸けてやっておけ」
「あ、ふぁい…」
さすがに500g、つまり数個を一人でやるのは結構時間がかかるが、まだ昼過ぎだ。時間は結構あるからゆっくりやっても構いやしねぇ。
数十分後、俺の方はとっくに作業が終わっていたが山岸の方もようやく作業が終わっていた。凄い位涙で顔がボロボロになっているぞ。それにしても……よく指を切らないでちゃんと微塵切りに出来たものだ。そこら辺は褒めた出来だな。暇な間にパン粉を牛乳で浸しておくのを忘れておかないように。
「じゃあこのタマネギを全部炒めるぞ。結構量が多いから大丈夫か?」
「大丈夫です」
そうやって意気込んでフライパンを持っているが、タマネギの量とフライパンの自重が加わってそこそこの重さがあるのか、結構フラフラとした足取りだ。
仕方ない……。
「よっと……手伝ってやる」
「え、あ、その……大丈夫ですから!」
「お前そんな腕で炒められるのか?」
結局手を添える形で……まぁいい。俺もフライパンを持つ事となった。
「今回はサラダ油を使ったが、別にバターでも構わない。それはお前の自由だからな」
「はい!」
そのまま丁寧にアメ色になるまでタマネギ全体を炒め、その後それを冷蔵庫へと入れて冷やしておく。
「ちょっと暇があるな……ちゃんと顔を洗っておけ」
「わ、わかりました……」
そう言いながら洗面所へ向かったのを見送り、今日の付け合わせソースを考えてみる。確かホテルだった時のバーカウンターに赤ワインがあったはずだし、昨日の仕入れで野菜類はそこそこ手に入れている。
「……赤ワインソースとグラッセを中心だな」
これらに関してはまだ夜中に作る時に必要だから今は特に気にする必要も無い。
「荒垣…」
突然キッチンの入り口に立っていた桐条に呼び止められる。何か嫌な予感がするが……。
「なんだ?」
「山岸が先ほど泣きながら洗面所へ向かったが何をした?」
「何もしちゃいねぇよ! タマネギ切っていただけだ!」
証明と言わんばかりに冷蔵庫に冷やしていたタマネギを炒めたものを見せ付ける。ったく、何で俺がアイツを泣かせなくちゃならないんだ?
「今朝方の痴態を見ていればそのような事を思い浮かんでも仕方ないだろう」
「痴態って言うな。誤解だって言っているだろ」
「フフフ……それについては山岸とアイギスから聞いているから安心しろ」
「人が悪いな」
お前ほどじゃないと言われ、無性に腹が立ったがちゃんと冷蔵庫に戻して落ち着く。ここは喧嘩をする場所じゃなくて料理をする所だ。
「今日の夕飯は何だ?」
お前もう腹減ったのかよ?
「……ハンバーグだ」
「ニンジンのグラッセはあるのか!?」
「お前好きなのか」
食いつきいいなお前。あるという事を示す為にニンジンを取り出す。それを見て凄い安心した顔をしているが…そういえばよくロビーでケーキを食っていたな。
「柔らかくて適度な甘さがあって、だからと言って甘すぎないものを頼んだぞ」
「注文の多い客だな」
「ただ今戻りました…って、桐条先輩どうしたんですか?」
「い、いや、私は……なんでもないな」
目で今の事は言うなと脅しをかけてきやがる。何様のつもりだ?
「夕食は楽しみにしているぞ」
「料金取るぞ?」
「毎月の家賃取るぞ?」
……勝てねぇ。そう思いながら桐条は俺に誤解だったことを詫びた。だが、多分夕飯が何だろうという興味の方が強かったんだろうがな。
「次は生地を作るぞ。卵……この場合は卵黄だけ必要だから卵白は捨てて構わない。それとさっき冷やしたタマネギとお前が切っている間に牛乳に浸したパン粉、後は俺がさっき混ぜたミンチだ」
それらを一つのボウルに移し、とにかく混ぜるしかない。ただし捏ね過ぎない事も重要だ。捏ねていくうちに白くなってきた辺りがちょうどいい。
「が、がんばります!」
まぁ、十人分、つまり約二sほどを一人で混ぜるのは結構俺でも骨だ。俺が7割、山岸には3割を渡して混ぜ続けている。
「よいしょ、よいしょ……」
混ぜながらそれなりに時間が経ち、俺の方は出来上がっているし山岸の方も十分になってきたようだ。
「じゃあそれらを全員分に分けて冷蔵庫で生地を寝かせるぞ」
味を馴染ませるなど、色々な事があるが、これをやると美味さが引き立つ。
「では、その間は……」
「自由時間だ。今は二時半だからそうだな…六時までは何やってても構わねぇ。俺はちょっと出かけてくる」
手に付いた肉の脂を洗い流し、エプロンを所定の場所に戻して俺はまた出かけようとしたが……。
「私も行ってもいいですか?」
「別に構わねぇがその格好じゃないので外に出ろよ」
そう言いながら山岸は自分の部屋へと戻っていく。待てよ? 何事もないようにOKを出しているがいいのか本当に?
「お待たせしました。どこに行くんですか?」
「ああ…コイツの餌を買ってやらないとな、朝が朝なだけによ」
足元で今にも俺に噛み付こうとしているコロちゃんを見るのは忍びない。すまん、本当に……。
「コロちゃんは夕飯に何が食べたいの?」
「ワン!」
「スーパーに売っている最高級のドッグフードが食べたいそうです、それもお肉がフンワリしている缶詰タイプだそうです」
注文の多い客が多いなここは……。
まぁいいか、今回は俺が悪いのは決まっている。
「行ってくる」
「行ってきます」
「ああ、デートを楽しんで来い」
俺はああと言いながら出て行こうとしたが……何か引っかかる。
デートを楽しんで来い。確かに桐条は言った。
は?
何が?
誰と、誰が?
いや、これから男女で二人で出て行くなんて一つしかないんだけどよ。
「荒垣さんと風花さんはデートする間柄ですか」
おいアイギス、お前何言ってんだよ?
「え、え、え、え、え、あの、荒垣先輩とはそんなんじゃ……」
「勝手に勘違いするな。俺とコイツはそんなんじゃねぇ。料理を教えているだけだ」
「そ、そう…です……」
俺の返答に桐条はまるで『お前という奴は……つくづく駄目な男だな』みたいな顔しやがって。
まぁ、確かに…町を歩けば結構な男たちが振り返るのを買い物帰りとかに見かけるけどよ。その度に睨み効かせているが。
「まぁいい、とにかく行ってくる」
「ああ、行って来い」
……なんか歩に落ちない点はあるが、結局俺達は二人で出かける事となった。
その時に隣の奴はちょっと暗い顔をしていたのが気になったが……。