【自分が命令してないようにゆかりに自然にメイド服を着せてやれ】
文化祭が台風によって中止したのも一年前。あの時は大切な何かを犠牲にして長い鼻と会っていた事を凄く後悔したそうだ。
だが今回は違う、台風なんて来やしない。ましてや快晴で去年に引き続いてその部活はそれを行うそうだ。
凄いよこの学園、こんなものを二年続けて承認する辺り何かが違う。
去年は美鶴先輩が冗談半分で承認したようだが、今年は違う。
何故なら彼が生徒会長となって、今年もやりますみたいな事を言っていたその部活の催し物を何の躊躇いもなく承認した。
ちなみにその時、部員に対して密談を行っていたのは言うまでも無かった。
密談の内容はタイトル参照。
こんなタイトル嫌だ……。
何かが降臨したようだがどうでもいい。
とにかく、彼の計略によって去年計画頓挫で実際に拝む事が無かったメイド服を着せる事が出来た。
本人曰く『何か嵌められたような気がする』と言っていたが、この際聞かなかった事にした。
これでパーフェクト、後は当日カメラを持参で行くだけだ。
そんな風に考えていた時期も、俺にはありました。
風邪引いた……二年続けて……。
当然だが本日は文化祭。風邪引いた彼を放って全員楽しんでいる。
しかも未だ拝見した事の無い魔境を順平みたいなテレッテが先に拝める事の方が無性に腹立たしくなって涙が出てきたやるせなくなった。
と言うよりも彼は本気で悔しがっていた。
この瞬間を待っていた――! と、今は卒業した真田先輩はタルタロスで何度も言っていた。
その通り、彼が生徒会長になって文化祭を必死に盛り上げようとしたのも全てはこの瞬間のためだった。
それなのに……それなのに! 悔しいッ…! ビクビクン!!
このタイミングの悪さと言うか自分の体調の空気の読めなさは順平レベルだと思って一人枕を諸々で濡らした時だった――。
コンコン
誰だこんな時に、一人寂しく机を濡らそうと思っていたのに。
机じゃなかった、枕だ。どうでもいいけど紙に書く時って絶対に間違えるパターンだよね。よくやったもん。
で、皆文化祭で放置プレイをされているというのに誰だろうと彼が思った時、返答が帰ってきた。
「あ、私、ゆかりだけど……」
その時、世界は核の炎に包まれた。厳密にはハルマゲドンを開放したのだろう。
彼の思考能力は停止した。多分心臓も。
「あれ…もしかして寝ちゃっているのかな?」
「起きてます起きてます起きてます」
でも何故だか知らないけど今日文化祭ですよね貴女の為に企画したもの全てが意味無くなったじゃないですかこんちくせう。
「どうしたの?」
ちょっと自分の行動の空回りさに嘆いていたところだったりする。
説明し忘れていたが現れたのは紛れもなくメイド服着てほしかった彼の彼女であるゆかりだった。
片手に持っている荷物が気になったが、それ以前に文化祭はどうなったのかと疑問を投げかける。
「あ、うん。サボった」
What'sと彼は脳内クォーターになってみる。ハーフじゃない所がミソ。
「いや、サボったって……」
「だってさ、去年に続いてメイド服着てくれと部員全員から熱望されちゃ引くでしょ?」
炊きつけたのは俺ですと彼は心の中で弓道部員達に謝罪する。
「それにさ…一番一緒にいたい人が風邪引いたんじゃ行く意味無いでしょ?」
まずは彼の中で頭の螺子『理性』が一本抜けた。
「うん、ごめん……」
螺子を締めようにもぶっ飛んだものがどこへ行ったのか分からないので、そのまま放置する事にした。
「んでさ、その片手に持っている荷物は何?」
凄く気になったけど触れてはならないような壊れ物みたいな、そんな感じの印象を受けたそれを指差してしまった。
「これ? んーっと、今は内緒」
ちょっと意地悪く笑った笑顔を見て、彼は自分が風邪である事を数秒忘れてしまっていた。
「でさ。数分だけでいいから後ろ向いててくれないかな?」
ゆかりから突然提案された謎の言葉。だが彼は黙って言うがままにされるほど人生のレールに嵌ってなかった。
「なんで?」
「なんでもいいでしょ! 早く後ろ向いてよほら!」
ちょっと強引に首をコキッとされ、有り得ない方向を向いたため彼はベッドの上で方向感覚が無くなった。
「前が見えねぇ、後ろしか」
「本当にこっち見ないでよ!」
「(゚д゚)」
「こっちみんな」
渋々彼は後ろを向くと、背後からなにやら表現し難い音が聞こえてきた。
そう、あれは衣擦れの音……未だに二人でニャンニャンもしない彼が聞いた事無いけど、実際にこんな感じの音だろうと容易に想像がつく音。
ちなみに今回の彼は結婚初夜まで貞操は守る主義の持ち主のようだ。
そう、この彼と調教大好きっ子は似ているようで似てないんですよ。
書くたびに設定が変わるのってややこしいですね。
それはともかく。
何故この部屋でゆかりの方向から衣擦れの音がするのか彼は把握出来てなかった。したくても見るなと言われている以上、黙って従うしかない。
何故なら見たらガルダインの嵐が待っているからね。ペルソナは疾風弱点のサタンですもん。
「これ…どうやって付けるのかな? こう、かな?」
パチンパチンと言う時折聞こえるガーターベルトのガーター部分を嵌めている音らしいのも聞こえたが、必死に耐えた。
ヘタレ言うなヘタレ言うなマジ言うな。
「もういいよ、後ろ振り返っても」
結局彼は悶々としながら必死に耐えた。多分レベルが上がったら耐のパラメータが有り得んほど伸びているだろう。
あくまでも表向きは興味無さ気にゆっくりと振り返る。その時間は2秒とかそんなものだったが、彼にとっては2年ほどかかっている。
そこには天使がいた。
そこには自分の想像力を遥かに上回るメイドさんがいた。
そこにいたメイドさんを見ただけで彼は冥土へ連れて行かれた。
具体的にはこんな感じ。
http://www.7dream.com/product/n/a01b05/g/023111013000000/p/0787889
多少画像とは違いがあるが基本装備は変わってない。
何故セブン○レブンなのかは聞かない方向にした。とりあえずググッたら画像ありで真っ先に出てきたし。
頭にはメイドさん特有の白のフリルのカチューシャ。
露出の高いタイプらしく、彼女の私服同様生肩が晒されている。
また、それでいて頭の白と対極を持っているのか、黒のガーターベルトを付けて佇んでいた。
早い話がゆかりが彼の部屋で生着替えでメイド服に着替えてました、まる
ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
全米が泣いた。
何故後ろを振り返らなかったのか、何故自分にもう少しだけ、ほんの少しの無謀という勇気をくれなかったのか神様。
だけど言える事がある。
ここは天国だ。
天国はどこにある? 空の上とあなたの足元に。
某海底テーマパークお疲れ様です。あのゲーム未だにADV最高峰だと思ってますよ。
それはともかく。ちょっと頬を赤らめた状態で両手で手を組んで恥ずかしげに佇んでいる。
今、この寮にいるのは自分達だけ。
彼の頭の『本能』螺子が一つ組み込まれた。代わりに『古風な掟』螺子が一本抜けた。
「ね、ねぇ…どう、かな? 今日だけは君だけのメイドさん……なんちゃって」
最高ですかー? 最高でーす。
「いや……うん。ごめん、表現できないよ」
最早しどろもどろもいい所。
「ただ一つ言える事がある」
「何…かな?」
彼女の方もまんざらではない。
「ご主人様と呼んでください」
「ガルダイン」
その時、彼は部屋で某米国産SF映画のように宙を舞った。
君だけのメイドさんとか言ったじゃないですかーーーー!?
「まったく……感想言う前にそれから? 正直引くんだけど」
「ごめんなさいもうしません。本当に綺麗だったから何て言ったらいいのか分からなくなったんだ」
さりげなく本音は言っておく辺り鬼だと思う。
「あ、ありがとう……ご主人様……」
その時、世界は核の炎に包まれた。
螺子が音を立てて三本ほど外れた。
「それにしてもお腹が空いたよゆかり、昨日の昼から何も食べてないんだ、普通に」
彼が寝ているベッドのいすを寄せ、氷嚢を変えたり顔に流れ出る汗を拭いたりと甲斐甲斐しく世話をする。
「それにしても去年に続いて文化祭に縁が無いね」
「きょ、去年はベッドルームにお世話になっていたから……」
「あ?」
ごめんなさい、ベルベットルームです。いくら熱のため頭がボーっとしていたからってまた間違えるとは。
「いつもなら、と言いたいけど今日は病人だからね。さすがに何もしないからね」
「ごめん、頭がボーっとして自分が何言っているのかあまり分からない……」
いつもならハイテンションだろうが生憎今日は病人。こればかりは仕方ないと半ば諦めた。
「どれどれ……?」
彼の額に手を当て、自分との体温を比較する。
「いや、もっといい方法があるんじゃないの?」
「効果的……? 何か……? ……!?」
いわゆる頭と頭をごっつんこ。それに気づいたからか、先程より紅潮させて慌てふためいている。
その姿を見て彼はまたああ、いいなぁと和んでいる。
「……ちょ、ちょっと待っててね。私何か作ってくるから」
そう言いながらゆかりは足早に部屋から出て行ってしまった。
「ちょっと寂しい……もうちょっとノッてくれたっていいじゃないか……」
一人放置された彼の部屋の前では、扉にもたれ掛かっているメイドさんが暫しの間いた。
「そんな恥ずかしい事……出来る訳無いじゃない……でも……」
何か決意した雰囲気がそこにはあった。
少しの間、と言っても料理を作っているのだから多少時間がかかるようで、彼は気がついたら夢の世界へ引きずり込まれていた。
幼い頃もこうやって熱を出して病床に伏せった事があった。
その時は両親は生きていた。だから安心だった。あの時の事故までは――。
ちょっと変わった雰囲気だが頼れた叔父は旅に出ると言ってどこかへ行ってしまった。
あの時から自分は一人だった。どこか遠くに叔父がいると分かってても、漠然とした不安に狩られる等日常茶飯事だった。
ここに来るまではそういった事が多かった。今では考えられないが。
何故? その答えは簡単だった。
頬を伝う涙は枕に届かなかった。
その手で幾つもの矢をつがえて来た指で塞き止められていた。
誰かの指が頬に伝わる涙を拭ってくれる。それが彼にとって安心を導いてくれた。
「……寝てたのか?」
「うん、それほど長く寝てないけどね」
「そっか……」
彼は自分の頬に触れていた指を握り締める。幼い頃、同じように安心を得ていたから。
「昔を思い出してさ……」
「そう……」
彼女も彼の過去を知っている。だからそれ以上は聞かない事にしている。
「ごめん、それとありがとう」
「ちょ、どっちかにしなさいよ」
「じゃあありがとう」
「そうやって面と向かって言われると何かくすぐったいよ」
普段は表情の乏しい彼であっても彼女の前では自らの仮面を剥がし、本音を言える。
それがどれだけ幸せなのかを噛み締めながら――。
「あ、そうだ。ご飯作ってきたけど食べる?」
彼は空腹のため力が出ないながらもハッキリとうんと頷く。
どうやたら食堂の冷蔵庫の中にあったものを使って出来たピラフのようだ。
見た目に関しては問題ない。一時期コロマルも食えない失敗作を作った事もあったが、失敗しなければ普通に食べられるのだ。
問題はその中で一つだけ――。
「どうしたの?」
「……『はいあーん』とかしてくれないの?」
ちょっと彼は失敗したと思った。普通だったら『自分で食べなさい』とでも言われるのがオチだったから。
「……分かったわよ。はい、あーん」
思わずえ? と聞いてしまう。あまりにも自分の想定とは違った反応が出たから。
「どうしたの?」
「……偽者?」
「いきなり何を言うのよ」
「いや、いつものゆかりなら『いいから自分で食べなさい』とか言うじゃん」
下手すれば失礼な事を言っているが、この際それは置いておく。
するとちょっとむくれた表情で視線を落とす。
「……だって少しは彼女らしい事したっていいじゃん」
不意打ちからのクリティカルヒット。螺子が数本所では済まされないくらい落ちたがこの際どうでもいい。
「ああ、分かったよ……それじゃ頂きます」
普通に食事の方を食べると明記しておかないと想像力豊かな人だと大変な事になる。
食事はやはり美味かった。うん、これに関しては問題ないと彼は思う。
いくら誰もいないと分かってても食堂までメイド服で行った挙句料理を作ってこちらに持ってきてくれるんだから尚更凄いと思う。
じゃあここで生着替えする意味はあったんだろうかと。そんなことはどうでもいい。ただ、生殺しだったのは言うまでも無い。
問題は一つだけ――。
「あれ? グリーンピース食べてないじゃん」
彼が殆ど食べ終わった中でも一つだけ、緑色の小さな球体だけは綺麗に除けられていた。
「……食べれないんだ、グリーンピース」
「え、本当に? 君いくつ?」
同い年だよ、そう突っ込みたかったが、一見してパーフェクトとも思える彼の弱点は小さな緑色の悪魔だった。
「いやさ、あれって食べなくても生きていけるじゃん。というか食べ物なのかどうか怪しいって思うんだようん」
「はいはい分かったから文句を言わないで食べるの」
そう言いながらスプーン一杯に掬われたグリーンピースの山を彼の口元へ運ぶ。
お願い本当に勘弁してください。本気と書いてマジと読みそうなほど焦った彼を見て、ゆかりはまた何か思いついたように笑った。
「……せっかくご主人様のために作ったのに食べてくださらないのですか?」
彼の心臓に矢が刺さる。グッサリと深々とな。しかも返しがあるから抜けやしない。
「分かった、食べるよ……」
そこまでされると漢として食べない訳にも行かない。彼は意を決してスプーンを手に取り口元へ運んだ。
「……!」
暫しの間そこで動きが止まる。いくら彼女が作ってくれたからといって、自分が今まで避けに避け続けた食材を口にするとなると状況が違う。
多分彼は今、自分が汗だくになっている事に気づいてない。ただ目の前のスプーンに盛られている緑の物体を見て汗をかいている。
「あーもう、いつまでそうやっているの!?」
さすがにその状況を見てられなくなったゆかりは、そう言いながら彼のスプーンを奪いとった。
そこでゆかりは軽く熟考をする。彼に食べさせるいい方法はないかと。
「ねぇご主人様、少しの間だけでいいですから目を瞑っていただけないでしょうか?」
何か手段を思いついたであろう彼女は、彼に向かって今度は目を瞑っていろと命令する。メイドさんがご主人様に命令するとはこれいかに。
何がなんだかよく分からないが、とりあえず言われるがままのご主人様。
そして数秒後――。
「ん……」
突然唇に触れられる柔らかいもの。彼がこれまで散々体験したものなので今更驚く事もないが、今日は久々に彼女から唇を奪われていた。
だが問題はここからだった。
口を強引に開けられた挙句グリーンピースを流し込んできやがったよこの人。
十個ほどあったグリーンピースを一つ一つ、丁寧に彼女は舌を使って彼の口内へと運ぶ。
それを彼は彼で舌を使って受け取るが、この時胃の中へ運ばない限り次の物が運ばれる事は無い。
時折互いの下が絡み合う事も少なくなく、その度に彼女から小さな声が漏れた。
その度に彼から螺子が二本三本と着実に数を減らしていたが、彼のペルソナサタンにアスラ王から継承させたスキル不動心で必死に耐えた。
というかこの体調で事に及べば確実に死ぬし。
「んん……ぷはっ…」
この人は本当に酷いや。
「美味しかった?」
「食べない訳には行きませんでした」
「宜しい」
彼はこの日以来、グリーンピースを食べる際は彼女にあの時と同じ事をやってとせがむ様になって、他の面子がいる時は容赦なくガルダインを喰らうのは蛇足であった。
二人っきりの時? 言うまでもないですよ。
そんな事もあり、彼は食事も終了し再び床につく。
「ふぅ……」
「後はゆっくり休んだ方がいいよ。まだお昼過ぎた辺りだから誰か帰ってくるって訳じゃないし」
「そっか……一つだけお願いしてもいい?」
「何? またふざけた事だったらどうなるか分かっているよね?」
そんなことは初めから分かっている、そう彼は告げると多少考えて一言だけ呟いた。
「その……寝るまで手を握ってて欲しい」
「ちょ、ちょっと! 何歳の子のお願いよそれ?」
あまりにも純粋で、少し幼児的な願いにちょっとだけ母性本能がくすぐられる。
やはり彼女は無言で自分の手を差し出す。彼から差し出された左手は両の手で包み込むように――。
「あり……がとう……」
今までの度重なる疲労からか、彼はその後数分も立たないうちに小さな寝息を上げていた。
普段見られないような彼の無垢な表情に改めて彼女は彼の大切さを再認識する。
「……早く元気になってどこか二人っきりで出かけようね」
彼女は彼の手を握っている自分の両手を頬に当て小さく呟く。
規則的な呼吸をし続けている事を確認し、ゆかりはまだ誰も帰ってない事を知り両手を離す。
「この格好で誰か帰ってきたら説明出来ないから戻るね、おやすみ」
そう告げると、静かに彼女は部屋を後にする。後に残ったのはベッドに横になっている彼だけだった。
夢を見た。
かつて尊敬し、昔の事故以来引き取ってくれたあの人といる夢だった。
多分幼い頃を思い出したんだろう――そう思いながら彼は自分の過去を垣間見た。
「なぁ、お前はどう思う?」
「なにが?」
叔父は彼に向かって唐突に質問を投げかける。
「人ってさ、いろんな顔を持っているよな。外見じゃなくて内面にも」
「よく分かんない」
「お前が見ている俺と他の人が見ている俺とでは違うって事さ」
「おじさん、分かんないよ意味が」
不思議な人だった――過去に大きな事件に巻き込まれてから考え方が大きく変わったと言っていた。
「人はそれぞれ仮面を被って生きている。俺と話す時のお前、友達と話す時の俺。どれも違って同じ人」
「うーん、何となく分かったような……」
「その仮面を何て言うか知っているか?」
「何て言うの?」
叔父は数刻黙り、幼い彼に微笑みながら告げる。
「ペルソナ――そう言うんだ」
そこで目が覚めた。そして今なら叔父が言っていた意味が分かった。
「叔父さん……まさかペルソナ使いだったんだね……」
彼は今どこにいるか分からないその人へ、夕闇に溶け込みそうな空を見て呟いた。