【一人思い込む】
頭が痛い。多分タルタロスでたまに起きてしまう出来事に遭遇したんだろう。そう思いながら目を覚ました。
今日は奥へ進むことを重点的に考えて行動しよう。リーダーである彼がそんな事を言っていたことを思い出す。新しく入ったアイギスも一緒に六人で昇る事になった。これに関しては特に問題はない。だけど、現にこうして彼女は一人となっている。時折起きる階段を昇ったらメンバーがバラバラになる事態に遭遇したようだ。辺りにはシャドウすらいない。せめて味方の誰かがいれば…そう思ったけど、簡単にいかないかと落胆してしまう。飛ばされているためか、頭の中がぐるぐる回っている感覚になっているが、何とか持ち直してすぐさま他のメンバーに連絡を入れようとした所、ちょうど通信が入ってきた。
『ゆかりちゃん、聞こえる!?』
「おおっと…風花、どうしたの?」
前に同じ事態に遭遇した時の風花とは思えない叫びに通信機を落としそうになってしまった。
『今皆がバラバラになって戦っているの! 近くにリーダーがいるから早く援護をお願い!』
「う、うん。分かった…」
タルタロス突入組のリーダーである彼が一番近い。これに関しては特に問題はないのだが、最近、先月のシャドウ戦と屋久島が終わってからという事態があってからどうも二人になる事を意識的に避けてしまう。と言うよりも普通に考えて特殊な事情があるけど同居している男女が、俗に言うラブホテルであんな事態になったり、屋久島の夜にその場の雰囲気とは言えあんな事されたりしたら、意識するなと言う方がおかしい。
なのに彼は次の日には女の子、と言うよりもアイギスを順平たちと一緒にナンパしたりと何を考えているのか分からない。彼にとって私を励ましたりした事やナンパをしたことは全部その場の雰囲気に流されたからだろうか。そう思うとちょっと腹が立ってくる。
でも、それとは別に皆がピンチと分かったのなら行かない訳にもいかない。例え気が進まなくても。
「風花、彼までの道に敵はいそう?」
『ええっと…大丈夫ね。走ればすぐの所だから、私は他の皆のサポートをするから通信は間に合わないかも』
「はぁ……」
風花はそう言いながら珍しく慌てて通信を切る。その様子に思わず溜息が出てしまう。分かっている、今はそんな時じゃないと分かっていても割り切れない。乙女心は難しいものだ。乙女?
と疑問に思った輩は前に出て来い。ガルーラするから。
何を考えるまでも無く、私は弓を構えながら歩く。いないと分かっていても、万が一という可能性もある。そもそも敵の巣窟に居るのに周りに誰も居ないという確証は無い。風花のサーチだって絶対が無いから。曲がり角で突っ込む事など無く、壁に背中を寄せて向こう側の様子を見る。誰もいない、だけど遠くで何かが聞こえる。やっぱり彼が戦っているのかと思う。走って助けに行かなくちゃ。そう思っても、どうも脚力に勢いが付かない。
「…なんて話しかけようかなぁ」
風花の通信は彼の耳にも届いている。だから私が来るのは分かっているし、早く来て援護をくれと思っているだろう。この場合何て言おう?
遅れてごめん? 大丈夫? もう安心だから? どれも場の空気に合っいて今の私の気分に合ってない。どうしようと考えていても仕方ない。とにかく走ってから考えるとしよう。
「待った!?」
「遅い、いつ来るんだって待ち望んでいたんだぞ」
彼の後姿を見かけて踏ん切りが付いた私は可能な限り走り出した。そのままの勢いで中距離を保って走ったままの体勢で弓を引き絞る。最初の一言と目の前のシャドウに矢が刺さったのはほぼ同時だった。一人で数体もシャドウを抱え込んでいた彼の姿は体のあちこちがかすり傷で覆われている。さっきまで一人で云々唸っていたことを考えるとちょっよ罪悪感を感じてしまう。
「回復は任せた、出て来い!」
そう言いながら、流れるような動作で召喚器をこめかみに押し付けていた。絶対に慣れたくないなとか思っていたけど、もう私も彼も揃って拳銃の扱い方には慣れている。勿論実際に撃つとなると話は別だけど――。
そういえば彼にはよく分からないことが多い。いきなり五月にタルタロスの中で見つけた、なんか…凄い露出の高い装備を平気で装備しろと命令してきた。さすがに退いたよ、マジ退くというか、変態じゃないのと思ってしまう。現に順平は『ヤベェゆかりッチ、その格好マジヤベェんじゃねぇの?
お前あれか? そういう格好させるのが好きなのか? 調教だよな、マジ調教だよな』と私達に言っていたので、思わずガルをぶつけた後に総攻撃を行った。ちなみに命令してきた真意は「この装備、電撃回避を上昇する効果が付加されていたから」だそうだけど。実際にそうだったけど、凄く釈然としなかった。というか今でもまた変な装備を見つけて私に装備させていた。武器ではおもちゃの弓を。渡された瞬間彼の頭に吸盤が張り付いていたけどね。それに関しては今は強い装備が手に入ったことで大丈夫なんだけど、もう…防具の方がまた何とも言えなかった。
「これ、見た目が凄い事になっているけど、これを足に装備してくれ」
「こ、これって君の趣味なの?」
「まさか。今回先に進めたタルタロスのレアアイテムだから、体力の少ない岳羽に優先的に装備を渡しただけだよ」
「じゃあ何で防具は!? まだこれってやっぱりセクハラじゃん!」
「あのね、ちょっと弱いけど弱点をカバーできる装備ってかなり重要なんだよ。実際にハイエロファントとの戦いじゃジオを避けれて活躍したじゃないか」
「うう……」
もうセクハラでいいと思った。いっその事セクハラですと言ってくれた方が、気兼ねなく桐条先輩に頼んで処刑してもらえると思った。なにこの格好?
本当に友達とかに見られたら趣味なのかと疑われる。ましてや彼に頼まれて着ているとか知られたら、出て来る言葉はたった一つ、順平が言っていた『調教』と。やっぱり性懲りも無く何かバカな事を言いそうになっていた順平はガル総攻撃を行っておいた。倒れる直前に「こ、今回は反省して言わないでおこうと思ったのに……」と言っていた気もしたけど、気にしないでおいた。
ちなみに今、私は防具でハイレグアーマー、脚部でビーストタイツを装備している。もうタルタロスの帰りは一般人に見られるかどうかの瀬戸際の戦いだ。
「インキュバス! マハラギオン!」
聞いたことの無いペルソナの名前が出てくる。また彼は新しいのを出すことが出来たのかと思った。彼はおかしな特性で、本来なら一人一体のペルソナなのに、様々なのに変更できる。まるで自我が定まってないように――。思春期特有の不安定さとは根本的に違う何かがあるんだろうか、そんな事を考えていたら――。
目の前に出てきたペルソナを見て頭のモヤモヤが全て吹っ飛んだ。
「なにこれーーー!?」
うん、あれよ、彼ってどんな人なんだろうかとか、そんな事はもう些細な事になった。ただの変態だ、もう断言しよう。このペルソナ…セクハラ以外の何者でもないじゃん。
ペルソナって我は汝、汝は我って言うけど本当にそうなんだなと思っちゃったよ。いや、実際に強いのよ?
順平よりも強い火炎系の魔法を使って敵をある程度一掃出来ているのは分かるの。実際にさ、後は私のサポートがあれば何とかなれるようなほど敵の体力を奪っちゃっているよ。
でもこの外見はどうかなと思っちゃうよ。一応今は事故とは言え女の子と二人っきりで戦う羽目になっちゃったんだよ?
もうちょっと考えて行動しようよ。ね?
「岳羽、サポートを頼む」
こっちがそんな事を考えているなどお構いなしに彼は私に言う。もうね、さっきまでの考えは全部捨てちゃおうかな?
いいよね? 私がんばった、がんばったんだから。
「山岸、戦闘終了した、他のメンバーは…駄目か、そっちは?」
「こっちも駄目、皆通信に出ないみたい」
さっきの風花の話を聞く限り、このどれくらいの規模かも分からない場所で散り散りになって戦っている可能性がある。だけど耳を澄ましても戦闘の音は聞こえなくて、どこにいるのかも分からない状態だった。
「手詰まりになっちゃったね…」
「ここでこうしても誰かが来るわけじゃない、行こう」
あくまでも淡々と行動をする。普段は順平とバカやっていては桐条先輩に飽きられたり、私からツッコミを食らったりしているけど、タルタロスの中というか、影時間の間だけ真面目になる。そのギャップは始めは驚いたけど、今じゃあもう慣れっこだ。一度、どうしてそんなにギャップがあるのと聞いてみたところ、何でだか知らないけど曖昧にしか答えてくれなかった。
それで私達は歩く事にした。その間に会話は無く、ただ敵と遭遇しないように他の皆の捜索に回っている。
「岳羽」
なんていうか、一人で期待して一人で落ち込んで私バカみたいじゃない?
「岳羽」
それよりも彼が期待させるような事をしている事の方が問題ある気がする。あそこであんな事されたら一般的な女の子なら期待するなって言う方が無理あるよね。
「岳羽」
こうやって改めて考えてみると、本当に何を一人であーだこーだと考えているんだろう。うん、あくまでもクラスメイト、そう、クラスメイトと考えていればいいんだ。
「岳羽!」
「うひゃぅ! ど、どうしたの?」
「いや、こっちが聞きたい。さっきからどうしたの?」
「な、何が?」
思わずこっちが聞き返してしまう。これでいつもの寮の中で順平が聞き返していたら一度だけ凄い事態が起きた。
「質問を質問で返すなぁぁぁぁ!! お前はあれか? 学校の先生から質問は質問で返答しなさいと教わってきたのか?!」
などと、肉がめり込む音と一緒に凄いことを言ってのけた挙句……。
「このド低脳がぁぁぁぁぁ!!」
と言って殴っていたけど、順平はさほど怒ってなく、逆に凄い笑っていた。多分元となるネタがあって、二人とも知っていたんだろう。何故ならその後の反応がこれだったから。
「お前バカじゃないの!? そこでそのネタ使う奴があるか!?」
「ここだから使うんだろう!」
「確かにそうだな!」
うん、これと同一人物だと思えない。
「いや、さっきから呼んだんだけど返事が無かったからさ」
「あ、ごめん……うーんっと、皆どうかなって心配していたから」
嘘。本当は目の前にいる君の事を考えていた(?)だけ。疑問なのは一般的に言われている誰かのことを考えているとはちょっと違うから。
「…そうだな、早く探そう」
そう言いながら後ろを気にすることなく私の前を歩き始めた。今のところシャドウがいそうな気配が無いから大丈夫だけど、何か気に食わない。もうちょっと心配してくれてもいい気がする…。
「歩きながらでいいんだけどさ…ちょっと聞いてくれる?」
「ん?」
未だに誰かと遭遇する気配の無い中、無意識的に彼に話しかけてしまった。凄く気になったけど、聞いちゃいけないような事を。
「さっきのあれ、何?」
「あれじゃ分からない」
「いや、あのペルソナ」
たまに彼が新しく出してくるペルソナは女性型とかあって、皆驚いていたり順平が喜んでいたりしたけど、今回のは桐条先輩や風花が見たら卒倒だったと思う。
「ああ、前に付けていたオルトロスを媒介にしたらちょうど火炎ブースター付けてくれたからね。威力は保障する」
保障されても、生理的に受け付けない。受け付けたくないんですけどね。
「それが聞きたかったの?」
その後、何となしに彼は告げた。まるでもっと話すべき事があるんじゃないかと言わんばかりに。確かにあると言えばある。だけど、本当に聞いていいものかどうか気になる。
「……ま、いいけど」
彼は失望とはちょっと違うけど、落胆を隠そうとしても隠し切れないように言いながら、やっぱり歩き始める。さっきとはほんのちょっとだけ背中に背負っているものが違うように見えた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ一つだけ聞いてもいい?」
「なに?」
思わず声をかけてしまった。勿論本当に質問しようなんて思ってなかったけど、やっぱり聞いておくしかない。これを逃したらいつ聞けるなんて分からないから。
「じゃあさ、君って何を考えているの?」
「…いまいち質問の意味が分からないんだけど」
そりゃあ漠然としているから仕方ないと思う。私だって具体的に何を聞こうか手探りの状態だから。
「えっと…何で自分はペルソナを何個も使えるんだろうとか?」
「そういう人間だからと、とある人は言っていた」
「う……じゃあ、皆の武器…と言ってもアイギス以外のを装備できるのは?」
「器用だから」
本当に淡々としていて、それでいて事務的な返答に苛立ちを覚えてくる。いつもだったら冗談交じりで言ってるのに。
そんな中、突然私の口から出た言葉は彼の足を止めざるを得なかった。
「白河通り……」
自分で言っておいて顔が真っ赤になるのが分かる。あの時の事は、敵の精神攻撃で風花も把握できてなかった事が唯一の救いだったとは言え、誰にも話したくないことだ。勿論、思わずビンタしちゃった事は次の日に謝ったけど、それ以来話題に出す事は避けていた。ちなみに真田先輩と桐条先輩もその時の事は避けている様子がある。
思わず彼はばつが悪そうに左手で頭を抱える。表情こそ見えないものの、多分彼の考えている事は想像出来る。
「あー……うん、あれだ。あの時の事は無かった事に出来ないか?」
「どうして」
思わず自分で言って馬鹿だと思った。何を聞いているんだろう、自分だって彼と同じはずなのに、何で聞き返しているんだろうか。
「いや、どうしてって…お互いそっちの方がいいじゃん。逆に聞くけど岳羽は思い出したくないんじゃないの?
ああやあっていきなり平手する位だし」
もう半月以上も前になるので、当然だけど痛みなんて欠片もないけど、彼はその時の痛みがあったように頬をさすっている。
「うう……じゃあなんで屋久島であんな事したの!? その場の雰囲気とか言ったら怒るよ!」
彼に酷い事を言っちゃったのに…あんな事されるなんて思いもしなかった。お父さんのことがあって、凄く不安になって、彼に八つ当たりしたのに、彼がしてきた事は……うん。あれだった。凄い口に出すのも恥ずかしいけど、夜の浜辺でギュッて抱きしめられた。蒸し暑いほどの気温だったのに冷たくなびいていた風は私に吹いていたけど、彼の体温は心地よかったかもしれない。正直、本当にその場の雰囲気かもしれないけど、本気で彼の優しさが嬉しかったと思った。
「アイギスをナンパした事は…まぁ、順平が真田先輩を煽っちゃったから断るに断れなかった。ちょうどその時に何人も撃沈していて躍起になっていたから」
「ちょっと待って、なにその“何人も”って。初耳なんだけど?」
「いや、そのまんま。順平も真田先輩も焦ってナンパして、女性たちも呆れて帰るってパターン。その時俺は何もしなかったけど」
「そ、そう…それなら良かったけど」
また失言をした。何で良かったなの? 何か自分で言ってて凄い恥ずかしいことを言ってしまった気がする。
「…それにさ、結局同じなんだ」
彼は突然思いつめたように声色を変えている。
「同じって…何が?」
「君とさ。前に病院で言ったよね? 同じだって。境遇もそうだけど…」
そういえばそんな事を言ったと頷いてしまう。彼にとって私は、仲間であるのと同時に境遇も一緒だった人だったんだ。でも、私のほうがまだ親がいた。彼には誰もいなかった。
「だから、まぁ、あの時はよく考えずにあんなこと言ったけどさ。何かを信じてほしかったから、本当に今思い出すと恥ずかしくなるよ、あんなこと」
「……」
うん、あれは私だって忘れたい。だけど、精神的に来ちゃった時にあんな事を言われたら誰だって忘れられなくなる。
「全部が信じられないのなら、俺を信じれくれ」
私の涙で凄い顔になった目をハッキリと見てそういった。だけど、次の日に何事も無いようにアイギスをナンパした事で、本当に信じていいのか再三悩んだけど、その時はこの言葉が一番心に響いたのだけは確かだった。
などと考え続けていたら、気が付けば呼吸が荒くなっていた。多分考えすぎてタルタロスの中で疲れちゃったんだろう。我ながらこうもひたすら考え続けえるのも珍しいと思う。問題はその問答が全て目の前の彼の事についてなのだけど。
「……フゥ」
「疲れたのか? 歩くのを止めて休もうか?」
思わず出た溜息に彼が気が付く。未だにシャドウが出てこない緊張からか、張り詰めたのだろうと思っているだろう。
「う、うん…」
ここは同意をしておかないと、何か別の考えを思いつかれてしまう。そう思った私は壁を背にして地面に座り込んだ。勿論スカートの中が見えないように座っているので、間違っても彼が覗くという事は無いだろう。その間、彼はいまだ繋がらなかった風花に通信を入れていた。
「ああ、風花か…本当か? ……分かった。俺達も早く行くから、そこで待機してくれ。でも、調子が良ければ真田先輩か桐条先輩をリーダー代理として番人と戦っててもいい。分かった、そう伝えてくれ」
番人と戦うという言葉が気になった。確かに次の階層はいるみたいな事を風花が前もって調べていた。
「…どういうこと?」
「真田先輩達は先に合流して次の階に向かったみたい。確かに、番人の階層は通常のシャドウがいないから、休むにはもってこいだ」
「じゃあ私達も早く登って休もうよ」
そう言いながら彼を見ると、ちょっとだけ考えている様子だった。どうしたのかと思う、特に問題は無いはずだし、四人もいれば番人を倒すことは大丈夫なはずなのに。
「立てるか?」
私の前に手を差し伸べて、立ち上がることを手助けしてくれる。だけど、どうもさっきから考えている余計な事のためか、そう簡単に手を握ることが出来ない。慌てて自分の力で立ち上がることを選択した私は、足に力を入れて無理やり立ち上がるけど……。
「あ……」
「おっと…」
無理やりだったことが原因だろう、そのままの勢いで彼めがけて倒れかかってしまっていた。思いがけずこの前と同じように彼の胸にもたれかかってしまう。
「あ、ご、ごめん!」
離れようと思っても足に力が入らない。疲れが蓄積されてきているんだろうと、どうも他人事のように思う自分もいる。
「…やれやれ」
「え、ちょ、きゃっ!」
溜息交じりに彼が取った行動は私の想像をかなり超えていた。何せそのままの形で私を担ぎ上げていたから。
「山岸から聞いたけど、ここから階段までそう遠くない。そのまま休んでていいから登ることを考えよう」
「や、休んでてって…こんな状態で休めるわけ無いでしょ!」
「いや、こっちはそんなに気にしてない」
「こっちが気にするから!」
女の子がよく考える担ぐの代名詞であるお姫様抱っことは程遠く、本当に担いでタルタロスの中を歩いている。彼の頭が私の腰の辺りに来ていて、下手すればさっきまでどうにかしていたスカートの中が丸見えになりそうな位置だ。だけど、そんな事などお構い無しのように歩いている。それはそれでなにか腹立つ。
「さて、着いたか。山岸、四人は…」
気がつけば階段の前にいた。彼はもう大丈夫だろうと私を降ろす。当然といえば当然だけど、塔という建物には階段は必ずある。無いのは屋上だけだ。
「昇ろう。どうやら四人で番人を倒したみたいだし、そこで皆待っている」
「うわ、すご……」
「何だかんだでバランスが取れているからね。順平は近接攻撃全般、真田先輩は障害を中心とした近接、桐条先輩は攻撃と回復のバランスが優れている。アイギスは補助と攻撃だけで十分、オルギアモードなんて知らないよ」
最後の言葉に何か含みがあるけど、とりあえず気にしないでおく。うん、初めてアイギスから説明されて、じゃあ早速使ってみようとオルギアモードにしたら、いきなり彼が殴られた。思いっきり、しかも銃身があるほうで。その後のアイギスの一言を彼は忘れないという。
「オルギアモードですから」
正直意味が分からなかった。
それはともかく、早く先輩達と合流して今日の探索はお開きにしようと思い、階段へ歩き始めた……。
……のだけど、突然階段を昇り始めた彼が足を止めた。
「そういえばさ…言ってなかったよね」
「何が?」
脊髄反射的に聞いてしまう。
「俺が影時間の間だけ真面目になる理由」
「ああ……うん」
前に聞いてみたけど、何だかんだではぐらかされた。まさか自分から理由を言ってくれるなんて思ってなかった。
「…まぁ、自分で言うのも恥ずかしいんだけど、ちゃんとしてなくちゃリーダーとしてやっていけるか不安なんだ」
「不安ね……」
「なんでかな、こういう弱音って順平とかには絶対に言えないし、先輩達に心配をかけさせたくないから普通なら絶対に言わないと思う。岳羽にだから言えるんだと…思う」
私だから言える。その言葉はちょっと気恥ずかしい気もするけど、嬉しくなっちゃうのはいいよね?
「ま、岳羽に一番親近感を持っているのは事実だからかな。気兼ねなく全部話せそうで逆に怖いんだけどね」
確かに、ありのままを全部他人に曝け出すなんて普通じゃ出来やしない。そんな事できる相手なんてよほど気心の知れる相手か……あるいは……。
「どうしたの? 顔」
「え?」
「真っ赤だよ」
慌てて顔に手を当ててみると、沸騰したように顔が熱かった。何せこの後に思いついた言葉が言葉なだけに、抑えようにも難しかったから。
「な、なんでもないってば!」
「いや、でも…夏風邪かもしれないし」
「そんな訳無いでしょ!」
「じゃあなんで?」
「う……」
言葉が詰まる。それを言ったら彼は笑っちゃうだろうけど、私からすれば本当に真剣な考えだった。
「ま、いいか。行こう」
そう言いながら私に手を差し出すと、思わず握ってしまう。冷たいようで暖かい手はなんか心地よかった。
階段を昇る。そこは戦いが終わった後の空気と、仲間達の談笑がある。二人揃って凄い出遅れた感はあるけど、何か得したような気分になる。
「悪い、遅れた」
「遅いぞー、もう俺たち大活躍だったんだからよ」
さすがに皆の目があるから、手は離されたけど、体温だけはほのかに残っている。
その後順平が。遅かった事を冷やかしてきたので、真っ先にガルーラから一人で総攻撃をしかける。これは恒例の事だし、もう皆もいつもの事だと分かりきっている。ただ、その時、さっきまで色々考えていたからか、当社比1.2倍くらい顔が紅潮していたけど、誰にも気づかれなかったのが良かったと思った。
でも、この時点で気づけばよかった。
私が彼を見る目が同級生や仲間っていう目で見る事を、徐々にだけど止め始めていた事を――。
だって、ありのままを全部曝け出せる相手なんて、気心の知れる相手か、心を許す事が出来るほど大切な人しか出来ないんだから――。