【外界隔離】



 彼はいつもヘッドフォンで音楽を聴いてる。
 もちろん授業中とか機械が動かない影時間の中では普通なんだけど。
 それでも私が初めて学園へ案内した時や屋久島で皆が微妙な空気を出していた時も聞いてたけど。
 てゆーか集団行動の時くらいは音楽聞くの止めたら? ちょっと協調性疑われちゃうよ?

 と、それに関してはいつもの事だけど彼が何の音楽を聴いているのかちょっと気になったので調べてみる事にした。

 彼の凄い所はタルタロスに潜っていた時も携帯していた所かも知れない。
 だって攻撃とか食らったら絶対にケーブル千切れちゃうよ? よく無事にしているねと思っちゃうよ。
 見た感じは普通のどこか有名ブランドのって訳じゃないメーカー製だけど、どうやらお気に入りみたい。
 昼休みとかずっと音楽を聴いているけど、ちゃんと誰が言っているのか分かるくらいの音量に絞っているのは分かった。
 と、言う事で屋上で一人のんびりと音楽を聞いている彼に、早速と言わんばかりに突撃取材をしてみた。
「ねぇねぇ、ちょっとだけ聞いてもいいかな?」
 ちょっとだけ返答が遅れ、彼は髪にかかっているイヤホンを外す。
「何?」
「いやね、君っていっつも音楽聞いているから何を聞いているのかなって?」
 いくらなんでも私と二人で帰る時も流しっぱなしってのはちょっとどうかと思う…一応恋人同士なのに。
 彼はちょっと考え、 別に構わないとさっきまで自分に付けていたイヤホンを私に渡す。
 当然一人用のプレーヤーを二人で共有しているのであって…。

 頬と頬がくっつく位密着しているんですが!

 もうあれよね、何が流れているとかそんな事よりもまずはそっちの方を意識しちゃうよ。
「もう色んな曲を入れているからね、静かなものもあれば激しい曲もあるよ。俺のお気に入りとしては…この曲かな?」
 そう言うと彼は胸元に取り付けている本体を慣れた手付きで弄り、自分のお気に入りを聞かせてくれた。
 様々な曲がイントロだけ流しては変わっていく音は私の中では新鮮だった。
 普段は自分の好きなアーティストの曲しか聞かない。
 だけど、こうやって今横にいるあまり喋らない人の趣味とか、心情とかそういうものが分かっちゃった気がするから――。
「さっきゆかりに渡した時に流していたのが曲順で1番なんだけど、今流している22番はそれのアレンジだね」
 彼はそう言いながらさっき私に聞かせてくれた1番と比較するようにすぐに22番の曲を聞かせてくれた。
 1番は1番を飾るのに相応しく、これから楽しみが始まるよって感じの曲だった。
 だけど、途中からテンポが一段階遅くなったように感じる重低音は、まるでこの先何が起きるか分からない事への不安にも取れた。
 対して22番は、何でだか分からないけど涙が溢れそうになってくる。

 ねぇ、お願いだから戻ってきて

 私を置いていかないで

 独りにしないで……

「ゆかり?」
 曲を聞き入っていた私は突然呼ばれる彼の声を聞いて安堵する。
 何に対して? どうして?
「大丈夫?」
 反応が変だったのか、彼は私の顔を覗き込むように不安げな表情を見せる。ただでさえ顔が近くて心臓が速く動いているのに……。
「あ、あ、うん…大丈夫だから」
「だけど顔が泣きそうだよ」
 泣きそう? 何で? 自分の事なのに彼にそう言われておかしいなと思っちゃう。
 ふと、彼が私の頬に手を当てて一言だけ呟いた。
「訂正するよ。ごめん、君は今泣いていたよ。俺がこの曲を聞かせたからかな?」
 頬を伝う涙は一旦堰を切ると、私でも何が何だか分からなくなる。
 私はこの曲を聴いて泣いていた。理由なんて分からない、だけど、あの時彼がタルタロスの屋上で一人で戦った時のような不安が込み上げて来た。
 たった一人で、もしかしたら彼の命を代償にして得た力で封印した時を――。
 分かっている。それは違ったんだと。仲間の皆の、彼がこの一年間で知り合った沢山の人たちの絆で得たんだと。
「何で泣いたのかは知らないけど、今の君には泣くよりも笑ってて欲しい。それが俺の一番守りたかったものだから」
 彼は私の頬から耳にかかっているイヤホンを取り上げる。悲しくなるような曲だったけど、それ以外の何かを感じたのだろうかと。
「ご、ごめん! 私一人だけパニクっちゃって…」
 気にしてない、と彼は言いながらも私の耳から右手を離さない。
 そのまま右手が私の耳から奥へ、頭の後ろに触れた時、私の顔は彼の温かい胸元へと飛び込んでいた。
「え、ちょ…!?」
 まるで小さな子どもが夜中怖い夢を見て泣いちゃったので、大丈夫だと言いながら背中をぽんと叩くような事をする。
 私そんな子どもじゃない…。
 だけど、そんな事をしてくれたお父さんもいないし、お母さんはしてくれなかったし……。
「…お父さんもいなくなって……君までいなくなっちゃったら……」
 考えないように、考えないようにしていても私の思考は悲観的になってしまう。
 でも、それでも最終的な考えに行きつかないのは、今こうして暖かい光に包まれているからなのかな。
「大丈夫」
 彼はそう言うと、手が開いた左手で更に曲目を変更する。
 そして特定の曲に変更すると、無言で私の耳にかけた。
「あ……」
 ふいに瞳が涙を流す事を忘れたように、私から溢れ出る事は無くなった。
「この曲は…この25番は歌詞を聴くと何かが込み上げて、あの卒業式の時を思い出した」
 私は無言で彼の言葉を聞き続ける。
「あの時はさ、実は俺は死ぬ予定だったんだ。絆の力を使った事でね……」
 死。人が死ぬ事。それは永遠にその人と会えなくなる事。それは残された者に悲しみを与えるもの。
 それが痛いほど分かっているから、私は彼が紡ぐ言葉を止めなかった。
「だけどさ、あの時ゆかりと話している時に皆が来てさ、分かったんだ」
 先輩達の卒業式の時、私は彼と一緒に皆が来るのを待っていた。
 ただ、彼の衰弱が激しかった事を知っていたから、凄く恥ずかしかったけど膝枕をして。
「俺はまだ綾時や荒垣さん、チドリや桐条先輩の親父さん達の元へは行けないんだなって……先に行ってしまった彼等の為にもやり残した事が無いようにってね」
 敵となったけど彼にとっては兄弟同然だった人。私たちの頼もしい仲間だった人。私たちと一瞬でも心を通わせる事が出来た順平の想い人。過去の罪に苛まれていた人。
 その人たちの元に行った時に、私はなんて言えばいいんだろうかな?
「俺はこうして生きている。全てが終わってあの力が無くなったとしても生きている。今こうやって大事な人をこの手に抱きしめる事が出来る。だから死ねなかった」
 何でだろう? さっきとは別の意味で涙が溢れてくる。その理由を知るのは凄く簡単だった。
 ああ、私は嬉しいんだと。
 この心にある暖かさで包まれている何かが心地いいのだと。
「この儚くたゆたう世界で君を守れたから」
 彼はちょうど耳に聞こえてくる歌詞を改変して告げる。
「あり…がと……」
 絞るようにやっと声を出せた私は今、涙で顔がグシャグシャになりながら上げる。
「だから俺は…生き続けるよ」



 そこには彼の瞳があった。

 そこには彼の瞳に映っている私がいた。

 そこには二つの視点あった。

 そこにあった点と点は線で結ばれた。

 そこにあった点と点の距離はゼロになった。

 そこには彼らにしか聞こえない音があった。

 そこには世界があった。

 そこには彼らが住む世界があった。

 そこにこんな世界があってもいいかも知れないと思った。