【雨降りの日常】



 その日、天気予報では降水確率50%という凄まじく予報として成り立たない数値を出していた。
 その為か、各人は折りたたみ傘なり通常の傘なり、どうも言えない感じだった。
 ちなみに寮生は上手い具合に三パターンに分かれている。

 明彦、ゆかり、天田は降ったとしてもそれほど降らないだろうと折りたたみ式を。
 美鶴、風花、アイギスは通常の傘を持参。
 そして荒垣と順平は傘なんて必要ないと思って手ぶらで来た。ちなみに久々に荒垣は登校している。

 それと、彼は慎重に通常の傘を持っていた。

 それを踏まえた上で放課後――。

「なぁゆかりッチ、お願いですから入れてくれよ」
「誰が入れるか」
「いやほんと頼むって。ここまで降るなんて言ってなかったじゃんかよ」
「何してるの二人とも?」
 玄関先で彼のクラスメイトがなにやら騒いでいたので、何となく声をかけてみる事にした。
「ああ、俺ってよ、学校来る時傘持ってきてなかっただろ?」
「うん、降るわけないって、○純の予報じゃって言っていたしね」
「それがこうなっちまったからよ」
 ポートアイランド駅まで傘を刺さないで行けと言われたら誰もが断るくらいの降り方だった。まぁ、千円じゃ無理だけど、一万円やるから行ってくれと言われたら多分OKと返す程度だ。
「それで順平がさっきから相合傘してくれって私に言っているんだけど」
「テレッテ殺すよ?」
 第一声がそれだった。静かに、それでいてドスの効いた声はちょっぴり順平の心に傷を作った。
「いやちょっと待てよ。アイギスは先に帰っちゃったしさ、俺ッチ本気で大変なんだけど」
「じゃあ俺と相合傘でもするか?」
「殴るぞ」
 彼は順平を誘うように傘を広げるが、当然の事ながら否定した。この辺り二人の本気なんだか冗談なんだか分からない漫才コンビの存在が伺える。
「ふーむ、仕方ない……」
 今のところ人間は三人。折りたたみを一人、通常の傘を無理やり入れれば二人入ると仮定しても三人分。
 人数から言えば特に問題は無い。問題は無いのだが、順平は彼と相合傘になる事を望んでないというか、本気で嫌がっている。当然だが何が悲しくて男同士で相合傘をしなくちゃならないんだろうという感覚は、彼も同じだった。

 そうなると答えなんて一つしかなくなる訳で、今に至る。



「でね、ポロニアンモールにいい感じのお店が出来たんだけどさ、今度一緒に行ってみない?」
「あ、いいね」
「もちろん君のおごりね」
「えー……まぁ、どうでもいいけど」
「……理解できるが納得いかねぇ」
 お互い男同士が嫌という事は、必然的に男女が相合傘となり、余ったゆかりの折りたたみ傘を彼か順平が使う。
 この場合は当然彼女の意見が反映され、どちらと相合傘になるかを選ぶと、即答で順平ではない彼を選んだ。
 順平からすれば確かに男同士である事は避けられた。だが、女物の折りたたみ傘を差しながら、相合傘の男女と一緒に帰らなくてはならない。
 しかも向こうはいい感じの雰囲気だから尚更腹が立った。

 そんな彼らの日常。



 番外編

「ちっ、まさか降るとはな……」
 彼らが玄関でやり取りをする数十分後、荒垣は傘を持ってきてない事を悔しがっていた。仕方ないと思いながら手頃な場所にあった誰のかも知れない傘を拝借し、とっとと帰ろうとした矢先の事だった。
「あれ、荒垣先輩、今朝は傘を持ってきてなかったはずじゃないんですか?」
「あ?」
 突然後ろから寮でよく聞く声が聞こえる。他にもタルタロス探索の際は必ず聞くメンバーの声だ。
「ああ、お前か…適当にそこらにあるもんをパクッただけだ」
「駄目ですよ! そんな事をしたらその傘を持っている人が困っちゃいます!」
「じゃあどうしろってんだ」
 もっともだ。先ほどの彼らもそうだが、この雨の中傘を差さずに帰るのは至難の技だ。

 雨の中、傘を差さずに踊ってもいい、自由とはそういうものだ。

「どうしましょうか?」
「俺に聞くな」
 荒垣とて後輩に傘を奪って帰りましたと言って嫌な顔をされた以上、先ほどの行動をするわけにもいかない。風花は風花でさっきから自分の傘があるのに真剣になって考えている。
「お前は普通に帰ればいいじゃねぇか」
「それも駄目です。荒垣さんはどうやって帰るつもりなんですか?」
「お前が傘を盗るなって言うなら濡れたまま帰るしかないだろ」
 当然だが風花はノーと答える。このままでは平行線だ、どうするかと考えた時、彼女の方からとんでもない提案を出された。
「あ、じゃあ荒垣先輩、いい方法があります」
「あ?」
「私の傘に入って帰りませんか?」
 しばし熟考。ちょっとだけ荒垣は風花の言った意味を理解できなかった。
「…何を言っている?」
「いえ、ですから、私の傘だと荒垣先輩も入るんじゃないですか?」
 確かにそうだ、一理ある。だけど、順平とは違った意味で、理解できるけど納得行かないものがそこにはある。
「お前は別にいいのかよ?」
「大丈夫です、少しくらい濡れる程度ですから。それに私の傘は大きいですよ!」
 そういう意味じゃないと心の底から言いたかったものの、あまりにも風花が自身満々に言っていたので、もう考えることは止めて諦めた。



「あー…そういや野菜が無くなっていたな」
「じゃあ、帰りに巌戸台駅で買って帰りますか?」
「だな、夕飯何にするか」
「確か白菜と白滝とかがありましたね」
「じゃあ鍋だな。こう寒いと鍋物が食いたくなる」
 本当にほのぼのとした空気の中、彼は禁忌の言葉を告げてしまった。
「小十郎の作った野菜があればよかったんだけどよ」
「誰ですかその人?」
「……誰なんだろうな?」

 そんな日常


 番外編の番外編

 その日、当然の事ながら普通に下校をしていた天田は、仕方なく普通に帰っている。子ども用の折りたたみ傘だから、ちょっとだけ心もとないものの、それなりに雨風は遮る事が出来ている。
 そんな中、彼にとっては見てはいけないものを見てしまった。
「ん……?」
 相合傘の男女で、遠目には分からないものの、それでも片方の男性の身長があるからか、もう一人の女性の姿が確認された。どう見ても、あのセンスを疑う緑色のタートルネックの上着が見える制服は風花以外の何者でもない。
「じゃあもう一人は……」
 傘の高さがある事から見ても、リーダーよりも結構身長が高い人だと伺える。いくらなんでも順平と相合傘をするほど風花も警戒心が無いだろうとか思っていたら、朝の出来事を思い出した。
 真田先輩は折りたたみ傘を持っている。リーダーは普通の傘を持っていた。
 一人しかいなかった。
「アンタって人はぁーー!!」
 某主役を降ろされた脇役のように叫び、黄色い長靴をカッポカッポと鳴らしながら水溜りなんて何のその、とにかく天田は走っていた。
「じゃあ、帰りに巌戸台駅で買って帰りますか?」
「だな、夕飯何にするか」
 あんた達って人は! 何道の往来で新婚さんのような会話を繰り広げているんですか!
 などと、真面目に天田は飛躍させた思考を繰り広げている。
「お野菜ですか、やっぱり鍋物にはニンジンと何がありますか?」
「春菊は欠かせないな。天田の奴が食えるかどうか微妙だけどよ、ああいった食感の物は必要だ。後はネギだな」
 ネギとニンジンだって! どれだけ野菜プレイが好きなんだよあんたは!
 などと、どこかが壊れた思考になった少年は暴走列車をひた走る。
「駄目だ風花さん、このままじゃあの男の調理プレイの餌食となっちゃう! そんなの駄目だ! 駄目なんだ!」
 この台詞を道の往来で叫んだ。そう、叫んだのだ。

 その日、少年は小学生にとってかなり遅くに帰ったのは言うまでもなかった。