【チョコレートの中の戦争】



 彼氏が人気があると大変なのは何となく想像が付く。勿論過去に、事実を知らない生徒から謂れの無い事を揶揄された騒動もあった。
 だが彼女だって一応彼とは恋人同士だ。他の誰よりも一番大事に受け取って欲しい。
「内緒にしているのは知っているんだけどね……」
 とは考えてみたものの、他の女子生徒だって力作を彼に渡すのは明白だ。
 ここから導き出される答えは一つ。誰にも負けないような印象深いものを渡さなければならない。
 とは言え、さすがに突飛なものを作って引かれたら元も子もない。極端に言えばガーナ本国へ行ってきて取ってきたカカオを使ったチョコレートを渡すなど。
 またはカカオの割合=愛の割合なの、というどっかで聞いたようなネタを仕込むつもりは更々無い。そんな事をすればゆかりは間違いなく彼に対してカカオ100%のチョコレートを作るから。

 ならばカカオ本体をそのまま渡せ。

 これは一本取られた。
 …だが、美鶴先輩なら本命に渡すのであればやりかねないね。そんなちょっと失礼な事を考えてゆかりはまた思考の海に沈んだ。

「うーん……」
 未だに思考の海に沈んでいる私は何をするでもなく、とりあえずロビーで雑談をしているほかの人たちの話を聞いているだけだった。
 そんな中、あげたい当人と順平の話を小耳にして、悲しみに暮れるしかなかった。
「そういやさ、お前ってバレンタインはどうするよ?」
「どうするって何が?」
「いやほら、バレンタインだよバレンタイン、男なら誰だって楽しみにしている日だろ? お前って結構人気あるから貰い放題じゃないのか? 俺ッチは別にチドリンから貰えれば満足だけどよ」
 またこの男の惚気か……。
「ああ、確かにそんなのあったな」
 何故だろうか、彼はあまり興味が無さそうだ。正直な所この機に彼を狙おうと考えている十把一絡げな生物、一般的に女子生徒と呼ばれる存在は多数いる。実際に自分達の関係を知らない弓道部の後輩から彼についてかなりしつこく聞かれた。
 その際に彼女はいるんですかと問われた時に『お前らの目の前にいるんだよ』と勝者の笑みと共に言ってあげたかったけど、そこら優しくて面倒見のいい先輩として言わないでおいた。
 ちなみに、どこか方向性が違った生徒で彼への質問に対して『彼氏』はいるんですかと聞かれた事がある。うん、黄色い救急車を手配したから。
 それで乗り気じゃない彼は順平から何故かと聞かれたので、不貞腐れた表情で答えていた。
「いや、俺にはあまり関係ないイベントだし」
 正直、ハァ? と思う。彼の格好良さは他の誰でもなく自分自身が知っている。確かにそういった事に関しては無頓着だけど、自分の周りの評判を知らないとはどういうことなのだろうか。
「ほら、今まで義理くらいしか貰ったことが無いから」
「え〜、嘘だろ」
「だって俺ってずっと周りから『パッとしないよね』とか言われ続けてきたんだから」
 順平の驚きの声をよそに、そういえばここに来た当時は確かにそんな感じだったと思い返す。だけど、一学期に入ってから勉強をし始めたり様々な事をし始めた結果、彼は二学期には言ったら即座に人気者となった。それは当然喜ばしい事だし、そんな彼が自分を選んでくれた事は嬉しいものだ。
 だけど、その後の一言が全ての計画を台無しにする一言が出てきた。

「それに俺、甘いの苦手だし」

 What's? 今彼は何と言いました?
「え、マジで? じゃあチョコ貰ってもあまり嬉しくないのかよ」
「うん、まぁ……そうなるな、基本的には」
 ショックだった。チョコレートが渡せない事もそうだけど、何よりもそのことに気づかなかった自分が悔しかった。
 どうしよう……ここでもしも自分が今日までに作り上げたチョコレートを渡したとしよう。勿論自分の気持ちも込めて甘々な物だ。
「御免、俺甘いの苦手なんだ」
 そう言われてみるがいい。不幸どん底無間地獄の極み。もう人生一回やり直した方がいいんじゃないかという気持ちになる。
 彼の為にやった事がかえって彼への印象を悪くしてしまうのだ。
 確かに小豆あらいとか行っても彼が頼むのはコーヒーだけで私が食べているのを見ているだけだ。
「はぁ……」
 だからと言って、今更他の十把一絡げ共が渡している中、自分だけ渡さないのも彼女としてどうだろうか。いや、苦手だと分かっててもこういうのって貰った方が嬉しいものだと思う。
「でも……」
 苦手なものを貰っても口ではありがとうと言えても、心中は複雑かも知れない。
 ここでいくつかの方法がある。

 1:彼に苦手だと分かってても渡す
 2:苦手だと分かっているものを渡すよりも、他にもプレゼントとして用意してある手編みのマフラーだけを渡す
 3:とりあえず学校で貰った時の反応を見てから帰ってきて、または夜に二人っきりになった時に渡す

 普通に考えたら1だけど、保険として、と言うよりも一緒に渡すマフラーもある。こっちに専念すればいいのかも知れない。そもそもチョコレートを渡す習慣は日本のお菓子メーカーがやった策略だし。でも、渡さないと薄情な気がする。
「ああー、もうどうすんのよ!」
 やっぱり3かな……? 普通に考えて学校で渡さなくても寮に帰ってからでもいいんだし。他の皆も同じような考えだ。

 そんな事を考えながら、次の日――当日となってしまった。
「はぁ〜……」
「ど、どうしたのゆかりちゃん?」
 一緒に登校をしていた風花は私の心中なんぞどこ吹く風、来る途中までずっと惚気られたこちらの身にもなってほしい位だった。本人はどれだけ苦労してチョコレートを作ったのかを熱弁していたけど、それ以前に一緒に作っていた時点で惚気以外の何者でもない。
 というかあげる相手が一緒に作るってどういう事!?
 考えない事にしよう、うん、そうしよう。決して羨ましいからじゃない。料理を教えるという名目で共同作業をしている事が羨ましいからじゃない。
 ウラヤマシクナンカナイゾ。
「あっ」
 そんな事を悶々と考えていると、突然風花が声をかけてきた。それでも考えていた私は立ち止まることは無かった。そう、立ち止まらなかった。
 衝撃。そうとしか言えなかった。
「電柱が目の前にあるから避けてって……」
 もっと早く言ってください、本気でそう思った。
「いった〜……」
「御免もうちょっと早く言っておけばよかったね」
 うん、本当にそうだよね。そう思っても、一応忠告をし始めた風花を責める訳にも行かないし、前方不注意の自分がいけないんだ。
 だがしかし、それを見ていた人間がいた。よりにもよって……。
「…なにやっているんだ?」
 彼だった。おでこを真っ赤にして地面に尻餅をつけている姿を見られた。ドジにも程がある。
 ここでどっかの馬鹿なら(順平ではなくてもいわゆるアキバ系という奴だろうか)、そんなのが見たら『ドジッ子萌え〜』とかのたまうだろう。
 そんな事になれば真っ先にガルダインだ。順平であれば間違えて誤発しちゃったで済ませ、一般人ならば棺になっている所を……。
「……それにしても朝から凄い貰っちゃっているね」
 どう見てもチョコレートですという物が彼の両手に抱え切れないほどあった。隣で順平がおこぼれなのか、それとも意外と面倒見のいい奴なのかいくつか貰っているが、それでもかなり差が有るほどだ。
「てかコイツ朝からひっきり無しってどういうことよ!?」
 隣で見ていた順平、チョコレートが苦手だと分かっているなら伝えてやれば問題は無いだろう。というかそうしておけ、そうすれば噂好きの女子高生、ましてや人気者の彼が甘いものが苦手だと分かれば即座に知れ渡り、一気に貰えなくなるだろうから。
 いや、多分順平もそれを伝えたからこうして『渡せないならいつもお世話になっている伊織先輩にあげます』みたいな感じで貰ったのだろう、あまり嬉しそうじゃない所を見ても明らかだ。
 だがこうやって順平の話を聞かずに、または順平のホラ話だと思って有無を言わさず渡してきた生徒が沢山いたのだ。
 彼氏彼女の関係と、それを知らない一般生徒。初めから立つ土俵が違うと分かってても、彼を狙う輩がこうも多いと嘆きたくなる。それだけ優越感もあるのはちょっと言えない事だけど。

 四人で学校へ行って、まずは下駄箱で驚愕した。てっきりお約束のパターンだろうと、だが現実は違う。
「……お前の靴箱に一個だけチョコレートが入っているな」
「てっきりよくある漫画みたいに開けたらドサーって落ちてくるものだと思ってたんだけど……」
「衛生面から見てあまり好ましくなんだろう」
 三人が彼の靴箱の中に入っていたたった一つのチョコレートを見ながら何かを話しているものの、どこか腑に落ちない私はふと周りを見渡してみた。
 見つけてしまった……。
 近くのゴミ箱に投げ入れられている大量のチョコレートの存在に――。
 ああ、そういう事か、納得した。
 邪魔者は全て排除か。いたってシンプルで原始的な結論だ。多分今入っているチョコレートの主は山のようになっていた下駄箱のチョコレートを見て、全て捨てて自分一人だけ入れておく事で印象付けようとしたのだ。いや、もしかしたらそんな行動を一人だけ思いつくとは到底思えない。もしかしたらリレーのように捨てて入れて捨てて入れて捨てては入れての繰り返しだったかもしれない。
 げに恐ろしきは女の執念。いや、私も女だけどさ……。
 それにしても玄関先にリアカーが二台あったのは何でだろう?

 そして次は恒例となった教室についてからの机の上。彼は教室の中に入ったと同時に膝から崩れ落ちて『orz』←のようなポーズをしていた。
「……なにこれ?」
「何とかするんだよな?」
「おはようございます皆さん」
 どうやらアイギスは少し早めに登校していた様で、この状況を他の女子生徒から聞いたりなんかして理解しているようだ。元々バレンタインについてはある程度教えていたし。
 いや、違ったのはこのクラスが明らかに不自然である事だ。
「やぁ、なんか今日はバレンタインだって? 大変だよね?」
 ああ、この声の主は分かっている。綾時君も当然この学園の女子生徒じゃ人気があるんだと。
「綾時、お前もか」
「僕はちゃんと事前にチョコレートをあげたいと言ってくる女の子が多かったからね、リアカーを借りてきたよ」
 君だったのか。確かに机のタワーを見ればリアカーが必要になるのも理解する。
「ついでに君の事だから準備を怠っているだろうと思ってもう一台借りてきたよ」
 彼へのある意味バレンタインプレゼントかアレは。普通に考えて一人用のリアカーだけで十分だったのに何故かと思えばそういう事か。
「助かる。正直驚いた」
「こいつ今までこれだけのチョコレート貰った事が無いんだってよ」
 順平の僻みとも取れる一言は教室中の波紋を呼んだのは言うまでもない。宮本君や友近君がなにやら彼に対して問い詰めていたけど、あまり気にしない事にした。

 昼休み。ああ、そうだ、こういう長期の休み時間もターゲットを補足するには好都合な時間だ。さすがに実感の薄かった彼でもそこまでは授業中に結論として出たんだろう。休み時間になったと同時に私に一言だけ告げていた。
「御免、嫌な予感がするから逃げる」
 今思えばこの一瞬も使っておけば良かったんじゃないかと思う。最近は頻繁にとは行かないものの私と一緒にお昼ご飯を食べている。ちなみにある程度日が決まってて、4〜5日に1回くらいの割合であり、今日がその日だった。毎日一緒だと周りから何か言われるから……というのもあるし、恥ずかしいしね。
 もっとも、今日に限ってはそんな事言ってられないんだけど……。
「あ、先輩がいたわ!」
「ちょっと待ちなさいよ! 望月先輩もいるじゃない!」
 黄色い声援が聞こえ、ちょっとだけ青ざめた彼は同じように名前が出た人物の腕を鷲掴みし、あろう事か二階の窓から盛大に飛び降りていた。
 さすがは窮地に陥った人間の行動。綾時君が窓に近い席だった事もあって、突拍子も無い行動に女子生徒はしばらく対応できないみたい。いや、私だって凄い驚いているけどさ。
「……かっこいい、私にあのパフォーマンスを見せる為に危険を承知でやってくれたのね!」
「違うわよ! 私に向けてよ!」
「いいや私よ!」
 ビバポジティブシンキング。巻き添え……と言っても、同じように追われるであろう綾時君には可哀想だけど、どうせ動けなくなるのは火を見るより明らかだよね。
「でも……せっかくだからチョコレートを机の上に置いておきましょうか」
「それもそうね」
 …一応目の前に渡す人間の恋人がいるんですけど。知られてないから十把一絡げ共に罪は無いんだけど、正直ムカつく……。
 どうしよう、朝見てしまった女の恐ろしさを本当に実践したくなっちゃったよ。この後ろの席に詰まれたチョコレートを誰も見てない時に処分したくなっちゃったよ。

 気が付けば放課後。ゆうに三桁は軽いくらいのチョコレートの為にリアカーを引いている彼と綾時君。それを見ている私達。中にはホール単位のケーキやどこをトチ狂ったのかウェディングケーキさながらの大きさのものまである始末だ。もうそこまで行くと執念というレベルじゃ済まされないよ、むしろ怨念だよね。想いは力なりとかそういうレベルじゃないよ絶対に。
 順平は見ての通り、ある程度貰ってウハウハしているし、これからチドリちゃんの所に行って『貰ってくるぜー』とか言ってもうハイテンションにも限度がある。
 ちなみに放課後見かけた真田先輩は風呂敷に包んで背負っていたのを見た。何で唐草模様なんだろう、あれじゃ昔からある泥棒のイメージだよね。
 それと、天田君はやっぱり凄い勢いで初等部の女の子から貰っていたようで、結構持って帰るのに困ったからって『どう考えても義理チョコすらもらえないような男子』に配っていたそうだ。それって屈辱以外の何物でもないよ……。
 荒垣先輩はと言うと、外見からちょっと尻込みしてしまうけど意外と面倒見が良いという所が人気があるのか、『甘いものはそんなに食べないんだがな……』とか言いながらも律儀に受け取っていた。なんかホワイトデーは全部手作りの御菓子を作って、しかも全部あげたチョコより美味しい物を作ってそうな気がする。余談だけど、風花は放課後に夕食が終わってからあげるなんて事を言っていたな。
 それと……あと誰か一人いたんだよなぁ、うちの寮の男子生徒。その子は……確か下級生だったかな? とにかく、彼は昨日の影時間に『本命からチョコレートを貰えるかどうか心配で……』と、ちょっと微笑ましい悩みを相談された。そんな初々しい事を言われると応援したいけど、果たして応援して良いのか悪いのか……。
「いやぁ、それにしてもバレンタインってこれだけ貰っちゃうと大変な行事なんだね」
「お前らだけだそうやってリアカーを引きずる高校生は」
「うん、なんかちょっと怖いよねここまで来ると……」
 ストーカーじゃなくて沢山の女子生徒からの貰い物、それら全部に想いが込められている。
 もうさ、彼との関係を公表した方がいいのかな? でもそれって凄く恥ずかしいし……寮の皆はそれとなく分かっているけどさ。うん、人前でベタベタしないからある程度黙認されているけどね。
「お前も災難だな、甘いもん苦手なのにどうするんだよ?」
「それはこれから考える」
 そうだった、問題はこれだった。当然だけど彼宛のチョコレートは学校に持ってきている。さっき電柱にぶつけた時に潰れてないかと思ったけど、幸いにも無傷だったのは確認している。
「ねぇ、ゆかりちゃん」
 突然隣にいた風花に呼び止められて、チョコを持っている三人よりも少し歩くスピードを遅くして風花と歩く事にした。
「どうしたの?」
「彼にチョコレートはあげないの?」
 直球が突き刺さる。当然だけど風花は昨日の発言を聞いてないし、仕方ないと言えば仕方ないけど……。
「昨日もさっきも言っていたんだけどさ、甘いものが苦手なんだって」
 風花は成程と言いながら目を丸くした。でも、考えてみれば風花があげたい人だって甘いものが苦手だと言っていたよね。
「う〜ん、でも風花みたいに甘いものが苦手な人でもちゃんと対策が取れているからいいんだけどさ……私は……」
「大丈夫だよ。だって彼なら絶対に受け取ってくれるって」
 そうやって豪語されちゃうと凄く恥ずかしいんだけど、そうやって信じてみたいような。

 そうやって綾時君と分かれて順平はチドリちゃんの所に行って、私達は寮に戻ってきて、普通に夜を過ごしていたけど……。
「明彦、カカオだ」
「意味が分からんぞ美鶴、チョコレートじゃないのか」
「これはわざわざ取り寄せた本場ガーナのカカオだ、ありがたく受け取るといい」
 うわぁ、本当にやっちゃったよこの人。出来る訳無いと思っていたのに実行出来る権力があるって凄いよね。
「チョコレートは無いのか!?」
「カカオ99%か100%ならば初めからカカオを食べろ! 苦みばしった人生のような味がするぞ!」
「そんな人生真っ平だ!」
 いずれ受け入れなくてはなりません先輩。例えば美鶴先輩に隷属している現実、これも受け入れなくてはなりません。
 ちなみに順平はというと、公言していた「今日は帰ってこないから飯イラネーっす」との通り、未だに帰ってくる気配が無い。多分今日は帰ってこないだろう。
 哀れストレガのハゲと歩く性犯罪者、今日の夜は寒空の中野宿ね。

 その頃ハゲと歩く性犯罪者は……。
「なぁタカヤ……」
「ななななななななななんですかかかかジンンンンンンン?」
「寒いなら服着ぃや」
「暖たたたたたためてくくくくくくくくだささささささささいいいいいいい」
「なんで世間はカップルがいちゃつく……つーか住人追い出してまでやるバレンタインやのに裸の男暖めなあかんねん? あ〜、あのちんまりした子から貰いてー」
「無理です」
「何でそこだけちゃんと喋れるん!?」

 それと、風花はちゃんと渡していたようで、もう上機嫌の極みだった。あれだ、恋する乙女は片手で龍をも殺すようなものね。
 それなんて帝国で出版されている本よ?
「はぁ〜……」
「どうしたのゆかりちゃん?」
 出た、上機嫌の神様。ちなみに隣で半泣きの天田君がいたけど、それはそっとしておく事にした。理由は分かっているし。
 多分風花から「はい、いつもお世話になっているから」とでも言われたんだろう。つまりは義理チョコだ。
「いやさぁ、さっき風花に言われて渡そう渡そうって気になっているんだけどね、どうしても……うん……」
 そしたら上機嫌な人、とんでもない発言をしたよ。
「じゃあさ、夜中に彼の部屋に行って渡せばいいんじゃない? ついでに私もプレゼントって言って」
 隣の沢山貰ったけどどこか寂しげな男の子はその光景を自分と誰かさんに当てはめて倒れそうになっている。でも、その誰かさんは後ろにいる男の子の事なんて知ったこっちゃ無いように話しているし。ここまで来ると惚気よね、惚気。まるで今日実践しますと言わんばかりに豪語しているよ。
 ああ、駄目だ。このままじゃ僻みにしかならないよ、さっきまでの順平と同じようなものだよ。
「あ、でも彼なら今は部屋に戻っちゃったみたいだけど?」
 遠まわしに行っちゃえよみたいな事を言っている。ありがとうと言いたいんだけど、どこか腑に落ちない。
 でもまぁ、せっかくだからもう少し経ってからでいいと思って、日が変わるちょっと前に彼の部屋に行って渡す事にした。
 決して疚しい事を考えていたわけじゃないけど、事前にちゃんとシャワーを浴びて、入念に体を洗ったのは言うまでも無い。

「はい?」
「おじゃましまーす」
 まぁ、彼とこういう風になってから部屋の合鍵を貰っているから、いつでも気兼ねなく入って来ていいよと言われているけど、ちゃんと礼節は欠かせない。
 …一度だけ、怖い夢を見て彼の部屋に駆け込んだのは他の人達には内緒だ。
 どうやら彼は勉強をしていたらしく、机の上でノートを開いて何かを書いているようだった。これ以上勉強して意味あるの?
「どうしたの?」
 どうしたのじゃないでしょ……まだ君に渡してないんだから。ちなみに彼が貰ったチョコレートは全部処分するそうだ。
 処分するものについては桐条グループの処理班(何のかは分からないけど)が責任を持って持ち帰っていった。どこに持っていくのかとか、何の為に持っていくのかとかは企業秘密だって。
「はい、コレだけど」
「ああ、ありがとう」
 あれ? 案外簡単に受け取ったんだけど? 一緒に手編みのマフラーを渡す時に首に回してみて、サイズがピッタリだった事は嬉しかった。
「甘いものが苦手って言ったじゃん」
「ああ、あまり好きじゃないよ」
 じゃあなんでそう簡単に、というよりもむしろ嬉しそうに受け取るの?
「だけどさ、俺だって一応男の子。お菓子会社の策略と分かっててもブームに乗らなくちゃならないじゃん。去年はそんな事が無かったからよく分からないけど」
 好き嫌い云々はともかく、どうやら貰えば嬉しいものだそうだ。食べるかどうかは別として。
「あ、でも嫌いなら食べなくていいからさ……」
「なんでそうなるんだ?」
「え、だって……」
「貰えれば嬉しい、これは今言った。だけどまぁ、苦手なチョコレートなら複雑な心境だけど、それら全てを覆すものとしてゆかりがくれたってのがある」
 そう言いながら彼は包装を丁寧に開けて、中から出て来た手作りの一口サイズのチョコレートを摘むと、何の躊躇も無く口へと放り込む。そして出て来た感想はいたってシンプル。
「うん、甘い。夜のゆかりの声くらい甘い」
 とりあえず目の前にあったクッションを投げつける。例えとしてどうなのかと聞きたいんだけど、多分今の私は世界顔真っ赤選手権の日本代表選手としてロシア代表の『ウォッカ大好きで酒焼けしちゃったぜなヴォルヌフスキー』選手と良い勝負を挑めるだろう。
 なにそれ!? 自分で言っててなんだけどよく分からないよ!
「顔真っ赤だよ」
 誰のせいだ誰の。
「それじゃ、こっちとしてもお礼をしなくちゃね」
「え、いいよ、一ヵ月後で」
 そう返答すると彼は「一ヶ月も待ってられない」と言って……その……。

 結論から言おう。チョコレートと一緒に私も頂かれました。
「やっぱり凄く甘かった、というか味わい深かった」
 それが彼の感想だった。確かに自分の作ったチョコレートは彼を通して甘かった事を認識した。