【犬のいる生活】



 俺は訳があってこの寮に住んでいるんだが、当然の事ながらこの馬鹿でかい寮の飼い犬として現在若い主人達と寝食を共にしている。
 どうやらここに住んでいる面子は全員高校生という立場にあるのか、一人を除いて基本的にいつも朝に学校に行っている。それにしても、何であの散策場所が昼間はみんなの勉強の場所なのか皆目検討が付かない。
 だけどまぁ、以前に怪我をしていた所を助けてもらった事もあり、俺は俺なりに毎日楽しくしながら過ごすとするか。

 基本的に全員が学校に行っている間は俺は寮の中に軟禁状態となっている。
 たまに美味しいご飯を作ってくれるコートの人がいる時は買い物がてら散歩とかに連れてってくれるのだが、今日は彼も学校に行っているらしい。
 あのナビの嬢ちゃんが嬉しそうにしていたのだが、照れ臭いのかあの人はさっさと一人で行っていた。
 事情を知っているから野暮な事は言わないのだが、あまり自分を責めるなと言っておきたいのもあるのだが、所詮は本人の問題だ。俺ら野次馬――もとい野次犬がとやかく言う事は出来ない。
 さて、昼飯として置いてあるドッグフードを食べたから軽く昼寝をするか。今日は中々心地いい天気だから玄関先で日の光を当たりながら寝る。これが俺にとっての最近のマイブーム。
 そういえば、この前リーダーがテレビを見ていて凄い事を知ったのか、ちょっと愕然としていた事を思い出した。
 何だったのかと思い出す。確か日の光に当たったものに関係しているものだったのは覚えている。それとリーダーが一言だけこう呟いたのも覚えている。
「あれ、凄い好きなのに知っちゃいけない現実だったんだな……」
 何だかよく分からないが、多分現実を思い知らされたんだろう。確かこんな内容だった気がするが、犬の俺には特に関係の無い事だった。

 布団を干した時のいい匂いの正体はダニの死骸の匂い

 さて、寝るとしよう。このほのかな暖かさを全身に感じながら、それでいてちょっとだけ鼻の頭が乾くか乾かないかの絶妙な日の強さが好きだと実感しながら、俺はうつらうつらとしながら目を閉じる事にした。



 さて、数時間も寝た事で結構夕方時となった。当然だが誰かが帰ってきたという気配は無い。玄関先で寝ていたから、誰かが帰ってくればすぐ見上げれば分かる。
 それにしても小学生の少年すら帰ってきてないのか。まぁ、最近の小学生はそれなりに寄り道の手段がある事は何となく理解出来る。
 問題は一体どんな寄り道をしているのかだろう。いくらなんでもナビの嬢ちゃんをストーカーしていたらそれは死亡フラグという奴だろう。バス停が咆哮するな、絶対に。
 しかしそれにしても誰か帰ってきてもいい夕方――およそ五時頃になって誰一人帰ってこないというのも少しばかり寂しいものがある。
 いくら前の主がいなかった時期があったからといって、人の温もりが欲しい時もあるのだ。とはいえ、毎日のように猫可愛がりされるのも考え物だ。一応犬だし、そもそも人間年齢に換算すれば俺が一番年上なんだぞ。
 と言っても、この愛くるしい格好ではあまり説得力が無いとロボットに言われた。
 言うなよ、そもそも俺はアルビノだったか、そんなタイプだそうでよく奇異の目で見られた。物心付いた時から変わった犬として見られたんだぞ。
 これを可愛いと見るか、それとも異端と見るかで印象が大きく変わっているだろう。大抵は前者だったというか、俺が今まで会った人達は揃ってそういう目で見てくれるから嬉しい限りだが。
 そんなまどろみの中、外から鍵のかかった玄関を開ける音が小さく聞こえてきた。
 考えてみれば夕方になってやっと誰かが帰ってくるのって珍しいかも知れない。いつもならコートの人が夕飯を作る為に真っ先に帰ってくるか、帰宅部っていう何も所属してない部類の帽子の親友が帰ってくる。
 基本的に考えられるパターンとしてはこんな感じだった。

 リーダー:基本的に忙しいのか、あまり早めに帰ってくる印象が無い。暇な日に限って香水の嬢ちゃんと一緒に帰っているのを見ている。マメな事だ。
 親友:帰宅部だから結構早めに帰ってくるけど、ゲーセンとやらに行っているからタバコの臭いを服に染み付かせている。
 香水:部活動が忙しいのか、門限までには帰るが早めに帰ってきた事があまり無い。
 ナビゲーター:週の真ん中になるとたまに油絵の具の匂いがしている。
 筋肉:汗の匂いが毎日しているけど、少なくとも運動していると分かっているから不快感のあるものではない。
 骨付き肉:よく喋らない奴と帰る。ナビとコートやリーダーと香水の関係とは違って迷子保護の役割が多いそうだ。
 ロボット:いつも機械油の匂いがする。それと妹とよく帰っている所を見る。
 妹:よくロボットと一緒に帰っている。ただしこの嬢ちゃんは俺の言葉を理解できない、残念。
 小学生:基本的にまっすぐ帰ってきているけど、たまに出かけているのか遅い時もある。そういう時に限ってコートの人とナビが一緒に帰ってきている時なのは言うまでも無い。
 コート:たまに学校に行かないけど、学校に行くとナビの嬢ちゃんと帰る姿を見る。
 喋らない:いつもリーダーとタメ晴れる位遅く帰ってくる。だけどそれは単に道に迷っているだけだという暗黙の了解がある。

 こうやって見ると本当に千差万別だな。それとあまりにも毛色の違う面子な事で。
「ただいま〜……って、あれ? コロちゃんお昼寝中?」
「……ワフ」
「あ、もしかして邪魔しちゃった? ごめんね」
 足元の俺に気づいたのか、香水の嬢ちゃんは俺の目の前で屈んで頭を撫でてくれる。その動作に反応したのを見て、どうやら俺のお昼寝を妨害したのだとちょっと勘違いしたのだろう。
 元から起きていたから特に問題は無いので起き上がってお嬢ちゃんの前に座る。
 ちょうど顔の高さが同じだったからから、悪戯心が騒いだんだろう、俺の顔を両手で挟むとムギューッと押してみたり引っ張ったりして顔の形を変えている。
「ただいまコロちゃん」
 お帰りなさい。頼むから人の顔で遊ばないでくれ。だけどそうやって表情を変える俺の反応が面白いのか一向に止める気配が無い。悪くは無いのだが、少しはこっちの身にもなってくれ。
「そういえばコロちゃん、今日面白い事があったんだけど」
 ほうほう、ちょっと聞かせてもらおうか。
「実はね、今日授業中に順平が先生に答えてもらおうと当てられたのよ。そしたら当然分かってなかったから彼に教えてもらったの。そしたら彼も寝ていたから寝惚けて素っ頓狂な答えを教えちゃったのよ」
 勉強って奴をリーダーはそんなにしてないのにかなり頭がいいっていうのは傍から見れば羨ましいようだ。それにしても親友も少しは勉強しておいた方が後々のためになるぞ。俺には関係ないがな。
「なんていう問題だったと思う? 『マリーアントワネットが言った名言、パンが無ければ○○を食べればいいじゃない』って問題で、順平ッたら彼が呟いたそのまま『女の子!』って答えちゃってさぁ、バカでしょ?」
 パンが無ければメスを食べればいいじゃない。どれだけ発情期なんだよ親友。いや、この場合リーダーが、と考えればいいのだろうか。そんな事を考えたら途端に嬢ちゃんが不機嫌な顔になりやがった。
「やっぱり彼もそんな事考えるんだなぁ……夢って無意識の願望もあるって言うじゃん」
 俺自身見る夢はそんなに多い訳じゃないが、大抵見る夢は前の主だった時の懐かしい記憶や、こうやってここのメンバーと全員で散歩に行ったりなんだったりしている至って平凡な夢だったりする。

 二十回中十九回。

 香水の嬢ちゃん本人は気づいてないようだが、こうやってよく帰ってきて俺に話し掛けたときにリーダーの話題になった回数。あれだよな、人間って無意識のうちが一番油断をするんだよな。
 ちなみに同じ場所で勉強しているクラスメイトって奴である親友とロボットは大体その三分の二くらい。如実と言うか何と言うか。しかも本人無自覚って言うから性質が悪い。あれだ、一種の惚気って奴か。
「あ、ごめん、鞄部屋に置いてこないとね」
 そう言ってお嬢は階段へと向かっていった。それにしても意外と今日は早いものだな。
 そんな事を思っていたら、突然玄関の扉が開いてしまった。また誰かがタイミングよく帰ったというのだろうか。
「あれ、誰か帰ってるのか?」
 リーダーだ。うん、それについては特に問題が無いし、俺自身気にする事は無い。たまに香水の嬢ちゃんと時間をほんのちょっとずらして帰宅する事もあるけど、今日はその匂いがしないから偶然だろう。
 いつもだったら大抵移り香がするから俺からすればバレバレなのだが。
「ただいま、コロマル」
「ワン!」
 そうやってさっきされたように頭を撫でられた。雄にしては結構細い体だから、どうしても他の親友とかコートの人や筋肉に比べると柔らかい印象がある。喋らない奴は別の方向だし、小学生は次元が違う。
「そういえばさ、今日学校で授業中に昼寝しちゃったんだ」
 いい御身分だな。
「海外歴史の授業中に順平から何か尋ねられたんだけど、よく覚えてないんだ」
 そりゃ夢うつつの中で質問されても答えられるのは珍しいだろう。
「その後なんて言ったのか分からないから順平に聞いたら『お前ってムッツリ?』って言われて、よく分からなくてアイギスに聞いても答えてくれなくて、岳羽に至っては何故か怒っていたよ。何でだろう?」
 いや、あんな事を言ったら誰だって怒る。てか、お前ら人間って何だかややこしいもんだなぁ。好き合っているのに何で交尾とかしないの?
「……なに、その『お前はお子ちゃまだからな』みたいな顔は?」
 気にするな、ああ気にするな。それに比べて犬ってのは比較的楽な方かも知れない。知り合いでも結構発情期に入るとくんずほぐれつの大○交スマッ○ュブラザーズよろしくな事になる。
「面白い事を言ったな、って顔になっているんだけど」
 気にするなボウイ。
「それはともかく……」
「ワウ?」
「何だか最近モヤモヤするんだ」
 ふむ、病は気からって言うけど、まぁいわゆる一つのアレだろうな。
「絶対にアイギスとかメティスに言っちゃダメだけど、最近岳羽の事を考えるとモヤモヤするんだ、こういうのって何て言うんだろうね?」
 恋煩い。はい決定。後妹は俺の言葉を理解出来ないんだぜ。
 ついでに言うとあれだ、男だったら時には勢いに任せて抱いてみるのも一興かも知れんがな。その後どうなるかは分からないけど。多分『前が見えねぇ』だろうな。

 それと、香水が95%に対して、リーダーが俺に話してくれる学校の話の中で香水の話題にならなかった事は無い。早い話が100%話で出ている。

「うーむ……何でだろ?」
 とりあえずこいつは素で理解出来てないんだろう。こんな時にさっき階段を昇っていったお嬢が話を全て聞いていたら何かしろあるかもしれないんだけど、世の中そう簡単に甘くないか。
「ワウ……」
「もしかして疲れたの?」
 まぁ、確かにこの家の中でずっといれば疲れる。こうやって鈍い奴らの恋愛模様とやらの裏事情を知っているから尚更だ。まぁ、この二人の過去を知っているから仕方ないんだけど。
「このモヤモヤって何て言うのかな?」
 自分で理解しろ、少しはな。
「ま、いつか分かるかな?」
 ここで一つ予言しておこう。

 理解したら理解したで俺に相談を持ちかける。

 これ確定事項な。
 そんな事を考えていると、リーダーもカバンを置きに二階へと上がっていった。まぁ、そんな事まだまだしばらく後だよなぁと思いながら、俺はまた夕焼けが眩しいこの入り口でのんびりとまどろむ事にした。
 しかしながら……。
 遠くから、厳密には多分制服から着替えた二人の、上の階からこんな会話を耳にした。犬の聴覚甘く見るな。

「あ、お、お帰り」
「ん、ああ、ただいま」
「それにしても今日は早いよね」
「特に何も無かったからね」
「ふーん……」
「あ、そうだ岳羽」
「何?」
「うーん……今からコロマルの散歩に行くんだけど、何か買ってきて欲しいものとかある?」
「あ、じゃあさ…私も行っていいかな?」
「え?」
「えっと、特に意味は無いのよ。ただウィンドウショッピングもしたいじゃん」
「…うん、分かった」

 はいはい、ご馳走様でした。それと俺をダシにしてデートに誘うな。
 だが、そこまで言うなら行ってやらなくもないな。
 さて早速リードを咥えて奴らの所に走っていくとするか。これから先二人がどうなるのかも気になるからな。