何故こうなったのかは分からないが、少なくともこれは主催者とでも言うべき奴の意のままだ。そう彼は直感で理解した。
 勿論その事は相手の高校生――同じ学園の下級生も理解しているのだが、現状を打破するにはどうしても戦わなければならないと言う事にはお互い理解している。

 しかも全力で、それも相手を殺す勢いでやらなければならないという事までお互いに理解した。



 ――邂逅世界――

 では何故こんな事になったのか。
 元々は寮の大掃除の際にダイニングの床下から変な地下室が発見された事から始まった。
 寮の誰も知らないそれを妙だと思った彼――宗像望夢は、探索がてら一人で行ってみる事となった。勿論何が起きるか分からない以上、自分の武器であるチェーンと召喚器を持ってきて――。
 ああそうだ。そんな事を思い返すほどこちら側に余裕は無いんだと、向こうが放ってきた蹴りを腕でガードしながら思う。
 鈍重。それでいて的確。それが向こうの下級生の攻撃の感想。
「チィッ!」
 受け止めた左手だけでは緩衝の役にも立たない。吹き飛ばされそうになる勢いを右足で踏ん縛って強引に防御とする。
 その瞬間には奴は動いている。動きは機敏、なんとも長所だけを抜き出してきたような戦い方が彼には腹立たしく思える。
 自分の鎖を受け止めた脚に絡め取り、一気に固定させて振り回す。多少なりとも力には自信のある望夢だから出来る荒技とも言える手段だった。
「ぬぅぉっ!」
 地面に二度三度叩きつけられた下級生は野太い叫びを上げる。それを気にする事も無く望夢は勢いのままにコロシアムの壁に投げつけ、肺の中の空気を搾り出された下級生は声にならない呻き声を上げ悶絶する。
 そのまま望夢は強かに体を打ちつけた下級生に突っ込むと腕をしならせて自分の武器である鎖を振り下ろす。だがそれみすみす食らうほど下級生も黙ってない。
「ペルソナ…ザン衝撃魔法、対象はオレだ!」
 出てきた悪魔のような姿をしたペルソナはあろう事か召喚者へ向けて衝撃波を食らわせる。その結果、望夢の放った鎖は固い壁にぶつかるだけで相手は地面を滑るようにしながら体勢を整えている。
 リーチは無手の下級生よりも圧倒的に長い。それで武器だけに頼らずに拳や蹴りを併用しながら戦う望夢の方が分がある。これは言わなくても分かるはずだったが、相手はそれを奇想天外の戦い方で互角以上の戦い方をしている。
「チッ、逃げてんじゃねぇよ!」
「だが断る!」
 鎖が蛇のようにうねりを上げて下級生を追い込む。そのたびに耳に反響する金属音と硬い地面を抉る鈍い音が響き渡る。
 名前も知らない生徒だが、学年章が赤であった事から一年生である事だけが判明している。
 同じ月光館学園高等部の生徒なのに、それなのに彼等は学校の中ですれ違った事が無い。学園が違うから、接点が無いから出会った事が無い訳ではない。

 彼等は同じ部活――特別課外活動部に所属しているはずだった・・・・・

 だが――。
「答えろ! 何で活動部の人間なのにお前を知らない!?」
 望夢の拳に巻きつけた鎖が下級生の頬を掠めた瞬間に拘束の解除。一瞬のうちに延びたリーチが相手の首に巻きつく。
「くぅっ! かはっ…!」
 悶えるように下級生は顔を歪める。その瞬間に絡めた手に力を入れ、鎖を引っ張る事で一瞬で距離を詰めて殴りかかる。

 だが、相手はその瞬間を待ち構えていた。

 突如として望夢にやって来たのは自分の牽引を遥かに上回る力。それにより殴りかかるどころか成す術も無く望夢は下級生の射程範囲へと引きずり出された。
「砕けろ! カウンターブレイク!」
「甘ぇ!」
 飛び蹴りとバランスを欠いた体勢で強引にパンチでの迎撃。空中で行われた強引なそれは互いに地面に打ちつけられて地面を踊る。
 ほぼ同時に飛び跳ねて距離を詰める。互いに近距離戦闘を是としする戦い方は、過剰なまでに近づく事で相手の得意なレンジへと近づかせない必要があった。
 蹴りを主体として戦う目の前の敵に対して望夢は現場リーダーが拾ってきた鎖をカスタマイズして出来た半ば彼専用の特注品。
 主にそれを駆使して敵の動きを妨害したり文字通り縛鎖となって彼の戦いの補助を行っている。
 それに望夢には他の仲間には無い能力が幾つか存在している。知らなかった事だが、それは別の方向性であるが目の前の下級生も多く所持していた。

 ――意識を集中する。自分の頭の中にあるガラス片を思い描き、それを音を立てて割りたてるようなイメージをする。それを引き金として自分の中にあるペルソナの存在を変貌させる。
 決して自分の・・・活動部のリーダーのようにペルソナ自体を変貌させるわけではない。彼は特別なのだから――。
「パラダイム――シフト!」
 子どもがクレヨンで思いのままに塗りつぶすようにペルソナの属性を変貌できる能力。それが彼のペルソナに唯一存在する特異な能力。決してリーダーですら持ってない尋常ならざるチカラ。
「出ろ、グシオン! ハマ神聖魔法!」
「光属性だと!?」
 悪魔の姿であるペルソナだけあって下級生は闇属性が弱点だと直感で理解した彼は自分のペルソナを光属性へと変貌させる。
 理由は分からないが、相手は闇属性のペルソナでありながら一度たりともムド暗黒魔法系統を使用してない。
 スッと下級生の内ポケットから取り出された一枚の紙切れ。通称ホムンクルスと呼ばれる形代が下級生の周りをヒラヒラと舞い上がる。
「ッ! テメェ、一撃死回避なんてずるいぞ!」
「それに頼る方が酷いだろ!」
 弱点であるのに弱点として見なされず、それに対する対応が取れている。弱点を全く無視した戦術を強いられる事に不満を感じてしまう。
「こっちの番だ…出ろ、ベルグバウ!」
「またか!」
グライ重力魔法!」
「クソッたれが!」
 望夢は奴のスキルが気になった。何故この下級生の使うペルソナは見た事の無い属性の魔法を使えるのかと。
 放たれた重力弾が望夢の体を掠めた瞬間、彼は触れた部分だけ体が鈍重になる感覚を受ける。
 真田先輩と一度だけ喧嘩の際にスクンダ運動性障害魔法を食らった時とは違う、言うなれば重力に押し付けられた感覚。
 足がその重みに耐え切れずに引きずる形で敵を迎える。目の前には飛べない翼を広げた漆黒でありながら茶褐色の――どこかで見た事のある姿をした悪魔。
 なんだろうと目の前の下級生の蹴りを受け流しながら考える。そしてそれを理解した瞬間、下級生が哀れに見えてままならなくなった。

「お前のペルソナ――ゴキブリか?」

 翼といい色合いといい触覚を思わせる顔のパーツ。どれを取ってもチャバネゴキブリにしか見えない。
 当然だがその一言は下級生にとっての禁句ワードだった。突如攻撃を止めたと思えば望夢が決して攻撃が当たらないと自覚出来る領域まで下がると自らに召喚器を突きつける。
 距離にして五メートル。そこまで離れていれば望夢自身どんな攻撃であろうと回避する事が出来る自信がある。
「エンゲージ…!」
 下級生の悪魔――望夢曰く通称チャバネが突然体をアジの開きの如く胸部を展開する。
 そこに広がっていたのは宇宙。否、宇宙のように見えた何も無い、見る事が出来ない空間だった。
「――あ?」
 違和感。何に対してか分からぬまま感じたそれは、彼にとって異端と認識するのに相応しいもの。
「よく分からねぇがとっととぶっ潰すしかない! 出ろ、九十九針!」
 おかしいと感じたから既に望夢は行動に出ていた。仮面を被ったピエロが文字通り九十九まである針を下級生のペルソナへと全て射出する。
「ハルバードランチャーセット! 撃ち抜け!」
「なんだと!?」
 這いずるように出てきた銃――人間サイズのレールガンが闇からひり出して来る。
 不可思議なものだと思った望夢だが下級生にとってそれは当たり前の光景なのだろう、さも当然のようにその銃を受け取るとグシオンの放った九十九の針を一瞬のチャージの後に全て塵へと還す。
「もういっちょ!」
 銃口が望夢の視線と合致する。
「させるか…グシオン、パラダイムシフトからのコンボで氷結に変更、ブフ氷結魔法を使い奴の銃を凍らせろぉ!」
 チャージ時間とタイムラグ、そして銃を撃ち放った時の反動時間を望夢は逃さない。付け入る隙がある以上容赦なくそこを突くのが定説。
「チッ…!」
 忌々しげに舌打ちさせて銃を見遣った下級生は惜しげもなくその銃を捨て去る。ただしその捨て方に問題があり、氷塊となった銃だったものはおもむろに望夢目掛けて投げられていた。
「ぬおぁっ! パラダイムシフトからのアギ火炎魔法のコンボ!」
「それを待っていた! お前は全ての属性が使えるようだからな!」
「なッ!?」
 氷の塊ならば溶かしてしまえば問題は無い。これが普通の考え方であり、投げた為に視線から一瞬だけ外れた下級生は氷塊の影になるように走り出していた。
 それを自分に直撃する前に溶かし尽くして勢いをゼロにした。後に残るのは当然投げ出された一本の銃。

 それを下級生は地面に落ちる前に拾い上げて望夢に突き付ける様にしてニヤリと得意げに笑い出した。

「回避不可能だな……」
「ふざけ…ッ!」
「突撃竜の力を思い知れ…!」
 槍を模した銃口が望夢に突き刺さるため距離を取れない。それに瞬間的に凍結と燃焼を行った為に暴発の恐れがあるかも知れないが、それを気にする事無く下級生は押し付けるように撃ち貫いた。
「がああっ!」
「どうやら…テメェは物理攻撃に関しては弱点変更出来ないようだな」
 壁に強く打ち付けられ、目の前で銃をかき消している。スキルの一種だと発覚したそれは特別な存在である事を示す。

 パラダイムシフトですら変貌出来ないペルソナ使い。それが目の前で得意気に立ちはだかっている。

 そう考えた瞬間――。

 ドクンと、突然心臓が大きく飛び跳ねる。
「ヤ、ヤベェ……わざわざこんなタイミングでよ……」
 体が半ば言う事を聞かず、望夢自身の意思に反して立ち上がる。
「まだ、戦えるのか?」
 目の前の下級生は至って普通に対応をしている。
 早く逃げろと心の中で叫びかける。だが決してそれが言葉に出る事は無い。どちらにせよこの閉鎖されたコロシアムの中で下級生に逃げる場所など無い。
「……ああっ!」
「あ?」
 歪んだ表情で下級生を睨むと、威嚇と思ったのか負けじと向こうも睨み返してくる。望夢の懇願など知る由も無い下級生は一歩ずつだが歩を進めてくる。

 それ以上近づくな――。

 その願いが聞き入れられず、一歩一歩死刑執行の十三階段を歩んでくる。
 まさにそのままずばり十三歩目を踏み入れた瞬間、その違和感に向こうの下級生も気づいてくれた。

 良かった、これで殺さないで済む――。

 そう思っていた――。

 現実には先ほど望夢自身が行ったように、違和感は即座に排除すべきだという認識が下級生の首に縄をかけていた。
「来い、ガン・スレイヴ! 奴の動きを止めろ!」
 その言葉が引き金となって望夢の踵は飛び跳ねる。チャバネから吐き出された幼いゴキブリは嫌らしく望夢の周りを取り囲む。
「ジャベリンレイン…」
 グシオンが、その使い手である望夢が半ば自動的に行った光の槍による迎撃。それらは四方に飛び交う存在のうち避け切れなかった三つを滅して尚も余るそれらが下級生に襲い掛かる。
「エンゲージ、ツイン・ラアムライフルにスキルのコンボだぁ!」
 胸から出てきたチャバネの持つ銃と同じ形の銃。それを一人と一体が同時に撃ち放ち続けて無数の槍が全て撃ち落とされる。
「クッ!」
 頬が槍の余波で夥しく血飛沫を上げるが、それは決して致命傷となるほどのものではなく薄皮を切る程度のもの。それを終えた直後には望夢が下級生の目の前に立ち塞がっていた。

 ――殺す。

 彼の中にある原因不明の破壊衝動が覚醒した。普段の姿とはうって変って表に現れたそれが望夢を支配する。
「う、ぐ、ぐおぉぉぉッ!!」
 咆哮、そして驚愕。その一瞬の隙を逃さぬように自らの鎖で目の前の殺戮対象者を捕縛する。
「ぐ、ぐぅぅ! この体勢は…!」
 両の手は鎖で雁字搦めにされ、互いに殴り抜ける事すら可能な距離。

「…殺す、殺す殺す殺す殺すころすコロスKOROSUUU!!」
「この位置…まさか!? ドリル・イン…がああっ!」
 最後まで呟く事が出来ない。望夢の放った石頭から繰り出される頭突き。
 頭蓋骨と頭蓋骨が反響する数多の鈍い音がコロシアムに奏でられる。途中で一度だけ何かが破裂する音が聞こえるが、その音も演奏会の一つでしかない。
「クソがぁッ!!」
 体勢を崩して強引に頭突きを蹴り飛ばした下級生は受身を取らずに地面を転がる望夢をいぶかしむ。額からは赤き鮮血が滴り落ち、
 本能のままに破壊を繰り返す危険分子。そう認識せざるを得ない。
「マズい……マズいマズいマズいマズすぎる……このままじゃ…!」
 まだ望夢の手には下級生を縛鎖の闇へと繋げるそれが存在している。グルリと重力の赴くままに頭が揺れ動きながら起き上がる彼に理性の欠片も存在してないように見える。
 グッと引き寄せられた捕縛物によって下級生は破壊者へと引きずり出される。そのまま彼の首筋を捕まえた望夢は下級生の頬を殴った反動で露となった首筋を――。

「うぐっ! くっそぉぉッ!」

 肉片を抉り取るように噛み付いた。
 望夢の口には垂れ下がるように噛み千切った肉片が残っている。その結果夥しい血液を首から流出させた下級生は苦痛と瞬間的な血液不足によって一瞬だけ意識を濁した。
「っぁ……ダメだ、立て!」
 噛み千切られた右の首筋を抑えながらかろうじて立ち上がる下級生は殺戮者を睨みつける。だがそれに怯まない望夢は未だ繋がったままの鎖を引き上げて更に距離を詰める。
「させん!」
 飛び掛ってきた望夢の顎を砕くように膝蹴りをかます下級生はそのまま軸足を変えて望夢の首筋にソバットを食らわして一気に地面へと墜落させた。
「ガギャァッ!」
 勢いに任せて脳天に踵を落とそうと振り上げた瞬間には望夢の狂戦士となった肉体は動いている。
 地面に押し付けられた拍子に目の前にあった下級生の足を掴みあげると人外の力で逆さ吊りにする。
 鎖分銅のように振り回される下級生は力の限り外壁に打ち付けられ、小さな呻き声の直後動かなくなった。
 一歩、また一歩望夢は倒れている破壊対象へと歩を進める。
 彼のすぐ横にまで辿り着いた望夢だった者は、動かなくなったそれを一瞥する。

 後は己の本能の赴くままに破壊し尽くすだけ――。

「……まだ」
 小さな声で何か呟かれる。
「……まだ、終わって」
 聞き取りづらいそれを聞こうと、破壊衝動よりも興味が一瞬だけ上回った望夢は彼の言葉に耳を傾ける。
 背中を強く打ちつけた状態で倒れている下級生はご丁寧に召喚器を肌身離さぬようにしっかりとグリップを握っていた。
 そう、召喚はいつだって可能だったのだ。
「まだ終わっちゃいねぇ!」
 カッと見開いた目には闘志が宿されている。それを確認した望夢だった者はトドメを刺そうと攻撃を加えようとした瞬間――。
「ベルグバウ、ディーン・レヴ開放…」
 不適に笑みを浮かべた下級生はチャバネを呼び出した瞬間には全ての線を張り巡らせる事を終えていた。
「唸れ! アキシオン・バスター重力魔法!」
「ッ!?」
 暗黒が望夢を包む。そこには何の感情も無い虚無の闇。
「なッ、テメェ…!?」
 この攻撃を食らってはまずいと本能が慟哭する。だが既に食らった後の状態だった望夢はグニャリと歪み続ける空間の中へと追いやられていた。
 離せと叫んでも誰も応答しない。ただ目の前の歪んだ世界に居る下級生が何かを呟いているようだったが、言葉が届く事は無かった。

 その時、彼は一言だけこう呟いていた。



「これで、元の世界に戻れるから安心しろ」



 どれだけの時間が経ったのか、それすら曖昧なこの空間で望夢は夢の中にいる事を自覚した。
 深い、それでいて柔らかい何かに身を任せている――なんでもない、ただのソファーに寛いで転寝をしているのが体にある感触で理解できた。
「…ーい」
 テレッテ煩い声が耳元で囁くように聞こえてくる。正直ゾワゾワといった感覚だった。
「おーい、起きてっか?」
 誰に話しかけているのは一目瞭然、今ここで眠っていると思われている望夢に対してだった。
「おーい望夢、もう夕飯できてっぞ」
「それは食べねばなるまい!」
「アダッ!」
「痛ッ!」
 飛び起きた望夢の頭上に立ちはだかっていた順平は勢いよく立ち上がった望夢の頭突きを盛大に顎に受け、彼は彼で順平の顎にぶつけた事で鈍痛が走った。
「……痛ぇなぁおい」
「そりゃこっちの台詞だろ! 途中で居眠りこいてサボりやがってよ!」
「あ、サボりだ? こっちは今まで死闘を繰り広げていたんだよ」
「夢の中で、だろ!」
 夢の中という単語が気になった。その為に望夢は発端となったダイニングの床を見渡してみたが、初めから何事もないように全員がテーブルを囲んで夕食のための準備をしていた。
 本日の食事当番はリーダーであったが、暇だったからと言い訳がましい事を言いながらゆかりが手伝っていた。
「あれ、掃除は……?」
「お前が途中で居眠りこいている間に全て片付いたぞ。まったく、一階の掃除をしている最中で突然崩れ落ちるように寝たのは驚いたがな」
 ヤレヤレと呆れたように説明する真田先輩を余所に、望夢は一つだけ疑念に感じていた。

「あれ…地下への階段は?」

「( ゚Д゚)ハァ?」
「そこ、顔文字になるな」
 思わずそんな事を言い放つ望夢は順平の反応が不思議でならなかった。
「ちょっと待ってくれ、今さっきまで俺は確か…そう、このテーブルの下にある地下通路を探索していたんだってーの」
「地下室など何も無いが」
 寝ぼけているのではないかと見込む美鶴先輩の反応なんか知らないかのように望夢は一つだけ考える。
 確かにあのコロシアムで戦った事はあまりにも現実的で生々しい戦いだった。名前も知らない下級生と赤い空のコロシアムで行われた殺し合い。確かにそれは望夢の感覚全てが事実であると認識していたはずだった。
「……何なら見てみる?」
 そうやって夕食の準備をゆかりにバトンタッチしたリーダーは、望夢の言っている事が事実ではないと認識させるために何人か手伝ってもらいながら食器が載っているテーブルを慎重に動かした。

 確かにそこには地下室の影も形も存在してなかった。

「おろ…?」
「たーく、どうせ掃除サボった時の夢かなんかじゃなかったのか?」
「チゲーって、だって感覚が……あれ?」
「どうしたの?」
 味噌汁の味見をしているゆかりの心配で改めて認識しつつあるこの感覚――。
 それは、今さっきまで確かに存在していたあの下級生へ食らわせていた頭突きの痛みも、ペルソナを使用した際の精神的な疲れも、まるで洗い流したように消え失せつつあった事だ。
「夢…現実? あー、くそ、訳が分からん」
「…どうでもいいだろ、とにかく夕食だから席に付こう」
「ただし宗像、君は大掃除をサボった以上、夕食の後片付けは君が担当するのだがな」
「ゲッ、マジかよ…」
 当然だと冷たく言い放つリーダーからすれば当然だった。なにせ自分の役割が一つ誰かに押し付ける事が出来るのだから。

 確かに、あの夢と思われるコロシアムにいた下級生は、特別課外活動部の一員であるS.E.E.S.の刻印がされている召喚器を持っていた。
「なぁ、俺ら以外で誰か活動部の刻印がされている召喚器を持っている奴っていないよな?」
「藪から棒にどうした? ある訳無いだろ」
「そっか…そうだよな」
 今の美鶴の否定で、確かに先ほどの事が全て夢であると認識せざるを得なかった。


 だが、それでも納得できなかった望夢は、後日一年生の顔でも見ておいて確信を持つ事にした。
 生々しい戦いの感覚。夢の割にやけにリアルでいて、それでありながら自分と同じく異端のペルソナを使う一年生。

 何故か知らないけど、アレが全て夢であって欲しくないと、望夢はそう思い始めていた。
「なんかさぁ、さっきの夢の中でよく分からない夢があったんだよ」
「夢というのは本人の深層心理を表しているからな。もしかしたら荒唐無稽な夢も全てお前が望んでいる事かもしれないな」
「で、宗像君はどんな夢を見たの?」
「ああ、俺は――」

 それは、通常であればありえない同じでありながら別世界の『本来であれば存在しないはずの』活動部のメンバーとの邂逅だった。


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